魅力

一天、圓覺寺(水彩)

一段時間以來第一次出現多雲的天空。過去一周大部分時間都是晴天、每天都是炎熱的一天。怎麼樣?。雖然我已經習慣了炎熱的天氣。、到了晚上我已經很累了、我晚上不能工作或學習。。那樣的日子還在繼續。今天是黎明、天氣預報說有雨、果不其然,這不是“失手”,而是“空摔”的情況。。然而,、即使是陰天我也很高興。

我覺得有吸引力的是、還是「激情」嗎?。一切都很好。、「熱情」而不是機械。當你感覺到的時候、我感覺自己被那股氣場加熱了。。它給了我力量。

如果它在我和我所做的事情中、如何讓它有吸引力、或許根本就沒有必要考慮這個問題。。你有激情嗎、你有多熱情?、也許你要做的就是在自己的心裡誠實地反思。。

初夏

開始畫畫。無法保證成品會比這更好。

《初夏》水彩畫,法布里亞諾(100% 棉)紙

昨天(6月24日星期六)上午、工作室對面的神社走出來一位神轎。、我繞遍了小鎮。承載太鼓鼓手的輕型汽車的預兆、經過一早的快速旅行、年輕人以旺盛的精力挑起重擔。。我感覺今年第一次聽到這樣的喊聲。、我就是這麼想的、也許攜帶它的人的臉是不同的。。傳統也不錯、有些事情正在一點點改變、我認為這也是一件好事。

這是《有停車場的風景》的編排。戴口罩的小技巧、我嘗試用​​刷子擦拭一些部分。。效果是輕微可見的。

由於它是由 100% 棉紙製成,因此顏色可能有點暗淡。、看來部分原因是因為我感冒了。。「我感冒了」是什麼意思、“紙張已風化 = 因暴露在濕氣中而變質”、這是畫水彩的人常用的一個詞。。它甚至不是一本舊的素描本。、我很小心地把它放在哪裡。。
紙張是否有冷感、在你畫它之前,你無法透過觀察來​​判斷它。。但、放下畫筆的那一刻? ?我覺得、塗完油漆後、誰の目にもはっきり判るようになります返品しようにもスケッチブックの個別包装を破きデッサンを描き色を置いてしまってからですからもうそれはできない?と諦めてしまっているのでこれまでメーカー(販売会社)にクレームをつけたことはありません。但、これは本来メーカーもしくは販売店の品質管理の問題で作家のミスではないのですからいずれ納得のいくかたちで改善されるべきだと思います「風邪ひき」で作家に嫌われ潰れてしまった世界的メーカーは23あるようです
 話が逸れてしまいましたこの絵でわたしが描きたかったのは「自動車」です特定の車種とかへの思い入れではなく風景の中に「車社会という現在」を入れたかったということです現代は地球環境に対しての視線は年々厳しくなっていますいずれは自動車などというCO2排出器はなくなるかもしれないというやや記録的な視線で描いておこうと思ったのですまだまだしばらくは車が消えることはないと思いますが

絵としてはあくまで「初夏」の風情がテーマです車はあくまで点景に過ぎません爽やかな風を絵の中に感じられたらいいなあと思うんですけどね

イカロス「再」墜落

「片腕の男」テンペラ・アキーラ  F6 2010

春から夏へ梅雨という微妙なこの時季皆さんいかがお過ごしでしょうか?活動が制限されたり気分がパッとしないなど雨が鬱陶しいという人は多いようですがわたしは雨は嫌いではありませんなんとなく落ち着いて一日を自分ペースで過ごせるような気がするからでしょうか

雨の日はなぜか写真整理などやってしまいます先日もパソコンの中の写真を整理しているうち「飛ぶ男」などの作品写真や制作中のデータがおびただしいほど出てきました
 「男シリーズ」とでもつけたらいいのか「飛ぶ男」「浮かぶ男」「シェルターの男」などなど「○○の男」というタイトルの作品をたくさん描いてきましたその過程で「少年と犬」「海峡」「イカロス」「○○のヴィーナス」等のシリーズも生まれてきました
 現在進行中の「Apple」もシリーズ化しかかっていますが実はこれはもっとも初期に一度シリーズ化し中断を経て50年近く続いているものです心理的には「男シリーズ」にもずっと繋がっている感覚ですがどういうふうにつながるのか自分でもきちんと整理できていません今から数年のあいだがラストチャンス元気なうちにこれらを何らかのかたちにまとめないともう時間が無いとあらためて思いました

 表題の「イカロス」をちょっとだけ説明しますギリシャ神話に天空の細工師(大工)ダイダロスが息子のイカロスに大空を自由に飛び回れる翅を背中に作ってあげたという話があるそうです「決して太陽には近づくなよ」という父の注意も若く活発なイカロスには馬耳東風結局は太陽に近づきすぎたイカロスの翅のロウが溶けて脱落イカロスは海に落ちて話は終わりですがわたしの発想はそこから始まりました
 イカロスは死んだのでしょうか?おなじく大工の家に生まれたわたしはイカロスをこの21世紀に海から引き揚げわたしが空想で翼を創りなおし(そういえば「僕たちの翼(200号)」という作品も描いたなあ)もう一度空を飛ばせたらどんな風景が彼の心の中に見えるだろうかそれを絵にしてみようと想いましたそれが「飛ぶ男」です
 「飛ぶ男」つまり現代イカロスはおよそ3000年ぶりに「新生」シリーズの何点か(「新生no9」は 2,1×5.4mの大作でした)を経て脱皮し生まれ変わり、19世紀的な都市の上空をすでに飛んでみせました(「飛ぶ男」(200号)大宮市での個展晨春会展等にて発表)次に20世紀の都市の上を飛ぶイカロスを描いていた時東日本大震災が起きわたしは続きが描けなくなってしまいました
 1000号ほどの大きさの絵で天空での大洪水が下界の都市にまで注ぎ込みそこに溺れる人物を300人以上描き込んだところでした洪水と津波の違いはありますがまさに東日本大震災そのままの絵で仮にこの絵を仕上げてもどうせ震災の映像を見て描いたのだろうと思われるだけだという想いとこの時期に絵など描いていていいのかという考えが重なったからでもありましたが物理的にも制作のための時間と場所を失ったからでもありました描きかけの絵は丸めてほぞんしてあるかどうかも今は定かではありませんが制作中の写真が数枚パソコンの中にはあるはずです

パソコンでの写真整理をしながらその未完成の絵を軸に再制作しすべてのシリーズを一枚の絵にまとめることができたら、、わたし自身の最後の作品としてふさわしいだろうと考えていましたわたし自身がイカロスになって再びもとの海に墜落して終わりいいストーリーかもしれないと思っています(笑)
 ※不勉強で最近まで安部公房「飛ぶ男」があることを知りませんでした(未だに未読)。哦親愛的、どこにでもありそうな題名だなと最初から思ってはいましたが
 ※この絵今朝(06/23)のタイタニック号鑑賞ツアーでの潜水艇タイタンの残骸が発見されたというニュースとかたちのせいかどこか重なって見える気がします