清晨步行

遇到孩子們燃燒的葉子倒下的葉子(大約7:30)

今天早上(12/18)、步行歷史1個月。暫時,步行繼續。特別是在過去的幾天裡,我在黎明前一小時跳出。最低溫度已低於冰點、我真的很喜歡、那一點根本不打擾我。即使在雪地裡掉下來、歡樂的類型和跳出來(像狗一樣)。

就我而言、如果目的是維持健康,步行將不會持續。實際的、迄今為止。然後、為什麼現在走? “因為它變得越來越冷”、也許這是一個真正的原因。

當我在初中、我喜歡在白雪皚皚的森林中獨自行走。特別是在清晨。帶有刺痛的皮膚感、“一個人”很愉快。“冬天清晨走”、這樣的、這可能是一個重新獲得動物轟動的機會。從這個意義上講、您可能不在夏天走了。

然而、有很多人在清晨走路。這阻礙了我的“一個”感覺。儘管如此、如果你觀察得很好、很多人喜歡我、看起來像是“獨自行走”。晚上不要走。我有時去看那不會騎自行車、在公園周圍,等等。、人們一個接一個地走著,好像他們在陣型。我真的沒有勇氣走進去。人們的健康意識的力量、也許是因為有點令人毛骨悚然。有強烈的健康意識、相反,它總是對未來的健康感到焦慮嗎?。失去健康、什麼悲劇會帶給你、可能是因為我每天都在新聞中感覺到我的皮膚。我對此不敏感。

「失敗」の「成果」

「少し急ぐ」 水彩・F4   2020.12.12

「失敗」と「成功」は正反対の概念のように思える一見両立しないコインの表裏のようだがよく見れば「表」と「裏」はわずかな厚みの差だけ「失敗」と「成果」ならどうだろう「成果」は失敗からも成功からも得ることができる。就我而言、特に失敗から学ぶことの方がこれまでは大きかったように思う

失敗から多くを学べるようなケースもあれば成功はしたものの僥倖的な成功体験が次の大失敗につながる事例を私たちは日常的歴史的に経験してきた(している)「失敗は成功のもと」はまだまだ死語ではない

「なぜ失敗した(する)のか」冷静で粘り強い分析はよく言われる「プチ成功体験」よりある意味でかなり積極的な姿勢だと思う失敗から目を背けず失敗という他人目線の批評を越えて未来を肯定する指向性をもっているからだそもそも行動しなければ失敗さえできないそのうえでそういう指向をするとき「失敗」はすでにひとつの立派な「成果」だと言ってよい

私たち(日本人)は失敗をつい「自分の力の無さ」「人に迷惑をかけた」などと卑下しがちで失敗を「怖れ」「隠し」それゆえにことさら他人の失敗を非難したくなる国民性を持っているようだそうした「失敗の個人化」ではなく「失敗こそ共有財産」と認識し多くの人の意見の中でその分析をし未来に繋げていく粘り強い冷静さを持ちたいそのような国民性を育てるためには何が必要か私たちの国にはこれまでそうした論理性が育たず実際ほとんど考えてこなかったコロナ禍の中であらためてそのことを感じる日々

「美しい日本」から「狂った日本」への道

千葉県・関宿城公園の紅葉

今年は紅葉がきれいだとラジオで何度も聞いている近所を歩いても殊更には感じないがそれなりにきれいだとは思う車で近くの関宿城公園へ行ってみた車で25分の距離だがふつうのママチャリ自転車でも45分くらいで行ける(往復20kmくらい)

午後3時ころ着いたからもう「夕陽」に近かったそれの「赤み」を差し引いてもまだ中秋の風情の紅葉(写真)です今年は暖冬とは聞かないが昨年の「例外的な」暖冬につぐ「例外」なのかもしれない快晴の日差しも暖かく3℃~14℃とはとても思えない穏やかさだった

一方で哀しい現実も見たこの公園自慢の関東でも指折りの辛夷(こぶし)の大樹がついに朽果て見る影もなくなっていたこと(写真はあまりに痛々しく掲載しません)この木のそばでいろんな思い出をつくったなあとしばし感慨に浸った

書くのをやめようかと思ったがやはり記録のために書いておくコロナ感染拡大とGoToキャンペーン「国民のために働く」と銘打っておきながらことごとく「説明は差し控える」菅内閣安部から引き継いだ日銀の無制限国債買いによる「見せかけの好況(株価だけ)」予想されていた「働き方改革による」自殺率(特に若い女性の)の大幅アップ(コロナによらない)失業率の増加オリンピック(無料・有料ボランティア)と「パソナ」)皇嗣・皇女関連のメディアの視点の浅はかさ等々あげればきりがないのに内閣支持率が落ちないという「国民の常識」だめだここだけでもスペースが足りん。(2020/12/01)