
絵の中の人物が首を傾げている。すると見る人もちょっと首を傾げて見る。(絵の中の)人物がちょっと笑っていると、見る人も何とはなしに、にこりとしてしまう。こういう行動心理を、心理学では「ミラーリング」といい、無意識的に相手に同感、共感したいという心の現れなんだそうです。―そう言われてみると、実はわたしもよくやってるパターン。共感したいタイプなんでしょうか。
それが無意識的に行われるかぎり、それは “好意” の表現です。動物、特に鳥などにミラーリングが顕著に表れているのをテレビなどで見たことがある人は少なくないでしょう。
Nhưng、ヒトの場合、意識的に何度も真似ると、場合によっては相手に対する「嫌味」にもなり、誇張するなどの度が過ぎると「侮辱」とも受け取られます。悪くすると、2,3発のパンチをご馳走になることもあり得ます。
話が跳ぶかもしれませんが、平和というのは、相手のいいところを真似るところから築かれていくようにも思います。「相手のいいところを」というのがミソで、前提として相手を「リスペクト(尊重)」する姿勢・思想を自分が持っているからこそ「相手のいいところ」を見つけ出すことができるという、目に見えないステップがありますね。「自分の方が上」だ、などという高慢な意識からはリスペクトなど生まれませんし、とうぜん相手の真似などする気にもならないでしょう。
nhưng、そもそも「(ミラーリングをする)相手」というものをどうやって選び、あるいはなぜそれを意識できたのか、不思議な気がしますよね?好きな相手だけでなく、嫌な相手も、わたしたちは多数の中から選び出して「しまいます」。
それはセンス、なんでしょうか?―わたしは、一種の「(条件)反射」だと思っていますが、「直感」だけです。nhưng、直感というものにもまた、深い意味があるようなんですよ。