約 1か月ぶりにアップロードしました。坐りっきりで足腰は血流が悪くなり、眼はさらにショボショボになった。わたしがどんなに頑張っても、数字で示される限り、可愛い猫が一瞬顔を出す動画の0.01%にも届かない。そんな状況に、「やる意味あるのか」と毎回忸怩たる思いでいるけれど、そんな意味など問う前に生理的な限界が来てしまう。結果、そんなの考えたってしょうがないという気になってくる。
今回はナレーションを完全にやめた。動画コンセプトからナレーションを考え、声に出しては聞き取りにくい言葉を換え、終わったら翻訳用の文字起こしを正確に修正するだけでもかなりの負担軽減。絵というのは見れば解るからありがたい。ヘタな解説などもともと無用だったのだし。
ユーチューブをやることが時間的、体力的、経済的(そんな暇があったらアルバイトでもしたら?といつも言われている。広告収入?1円も入りません)にそんなに負担が大きいのになぜやっているのか。自分でも毎日のように考えるけれど、たぶんどこかで自己表現化しているからだろうと思う。かなり大きなストレスには違いないけれど、それ自体がストレス発散にもなっているのだろう。そう考えないと、続けられている理由が説明できない。そんなストレスを100%利用するだけのGoogleって、憎いヤツだなって思う。
今日は朝から雨だったから、ウォーキングにも行けず、10時間以上ビデオ編集だけをしていた。これから明日の準備だ。
高市首相の「押して押して押して押して押しまくる」政策で、あの世へ超スピードで脱出できそうなのが笑える。Ah、誤解のないように言っときますが、けっして高市政治への皮肉ではありません。ほんとに、長生きなんかしてもショーが無いーなんて思ってるだけですから。