白金禧年

陳順凱展覽圓滿結束。。乾杯!

慶祝伊莉莎白二世登基 70 週年的慶祝活動已被宣佈為為期四天的特殊公共假期。。最後一天的遊行和、從白金漢宮的陽台揮手、9620歲女王的形象向全世界播出。。

“英國是什麼?”、深、這是一個具有像徵意義的場景。歐洲現在一分為二、烏克蘭正在發生戰爭。。英國給烏克蘭本身帶來了相當大的負擔。。「但、那和這個不一樣。 」、這似乎是顯而易見的,但是、當時機到來時,你永遠不能認為這是理所當然的。、這種“個人事件(儘管她是女王)”、我能從我現在自豪地炫耀的「驕傲」中感受到這一點。。

即使從經濟實力來看、即使在政治權力方面、從軍事實力來看、前大英帝國不再被認為是世界前三強之一。。儘管、第二次世界大戰期間、來自德國的轟炸和火箭攻擊、倫敦一家餐廳的門和牆壁被炸毀、標誌背後的笑話是:“我們稍微擴大了臨街面。”、很有騎士精神、我對這白金周年紀念有著深深的感情。。例如,軍事力量、你能看到的力量並不是唯一的力量。在位70年、鈍、乍一看,這似乎與冷酷、憤世嫉俗的英國人相矛盾。、「前近代的」君主制度。只需對每個人說:“那就是我們。”、世界上有些國家以尊重和某種羨慕的態度接受了這一點。、除了英國還有哪裡?。

英國是一個理性主義國家。但、其實是有矛盾的、非理性也比其他國家更重、彷彿被他深深地握著。世界、一旦我把它整個吞下去、規模非凡、這就像看著一頭垂死的巨像的眼睛。、它的歷史在某種程度上充滿了悲傷。。70曆年、透過說「是」來慶祝女王的到來、這絕對不只是一個簡單的節日、這讓我感受到了英格蘭的深度。。

虛擬現實

Matsukasa

「ヴォドゴルコフ伍長はウラジーミル軍曹との戦闘を再開した会ったことはないがお互いに顔どころか趣味やある程度の生活の状況までよく知っていた互いの距離は100kmもちろん銃などの届く距離ではないが目まぐるしく位置を変える相手のうしろ姿を獲物の匂いを嗅ぎつけた犬のように追っていた
 ヴォドゴルコフ伍長は80歳になったばかりウラジーミル軍曹は数年前にすでに亡くなった。但、今はどちらも24歳どちらも上空のドローンに見つからないようなるべく葉の多い木々の下を選び腰を屈めながらネズミのように小走りする。」

「ヴォドゴルコフ伍長は病院のベッドでたくさんの医療用チューブに繋がれたままゲーム機のようなボタンに指を置いているウラジーミルは禿げた頭と真っ白いあご髭を振り回しながら楽しそうに24歳の頃の思い出をモニターの中で語っている背後のモニターでは若い彼がキーボードをたたきまくっている」―これは仮想?いやどちらかが引き金を引けば(ボタンを押せば)実際に弾が発射されそこでどちらかかあるいは他の誰かが死ぬ―VRで戦争すればこんなふうになるのだろうか

VRで戦争すれば―と書いたが、1990年の湾岸戦争でわたしはすでにVRでの戦争を見たモニター上で破壊される戦車は虚像であるが数キロ先で実際に戦車は破壊され若い兵士がその中で体を引き裂かれて死んでいるいま現実に起きているウクライナでの戦いはすでにVR戦争そのものだ
 ※VRは「Virtual Reality / バーチャル・リアリティ(仮想現実)」と訳されるがVirtual という語には「仮想」というよりむしろ「現実的・実質的な」という意味合いが強く「見かけはそうでなくてもこちらが本当(現実)でしょ?」という内容を示している

わたしはコロナウィルスがどんな形をしているのか生理的な視覚では見ることができない。但、その姿を知っているどころか疑うことさえしない知床の観光船が海底に横たわっている姿もそれが現実だと信じて疑わないカメラが出現したときから、不同意、実際は人類が「絵画」を創造したときから現在のVRまでは歴史の必然だったとさえ思える。早晨、食事をするご飯パンを食べているのか?それとも目に見えないはずのカロリータンパク質何グラムを「食べて」いるのか?計算通りダイエットが進めばそれが「現実」?

澤連斯基總統

ドライフラワー  ペン、水彩

ウクライナへのロシア軍侵攻には多くの人が心を痛めているに違いない(その逆も半数は居ると考えるのが「世界の常識」らしいが)。他們之中、黒海沿いの主要港湾都市マリウポリにあるアゾフスターリ鉄鋼団地に圧倒的な戦力のロシア軍に対して立てこもるアゾフ大隊・ウクライナ軍が昨(5/16)夜「任務を終了」し傷病兵を含めロシア側地域にではあるが一部投降移送されたとのニュースに人道的な意味でホッとした人も少なくはなかったと思う

ウクライナのゼレンスキー大統領(もうそのプロフィールを書く必要はあるまい)にとってある意味では苦渋の決断ではあっただろうが素人目にもよく計算された最善の決断だと思う太平洋戦争における日本帝国軍の「玉砕」戦法(戦法といえるかどうかは別として)に比べても、2021年9月のアフガニスタンにおけるバイデン大統領の撤退期日公表に比べてもあらゆる意味で一段階上の合理的冷静な判断だった

2/24未明のロシア軍の侵攻直後ウクライナは一気に対空防御能力を失ったと思われたその後の一方的な空爆により「外交知らず」「戦争知らず」「政治的無知」なはずの「コメディアンあがりの」(たまたま大統領になってしまった)ゼレンスキーは震えあがって国外に逃亡しアメリカが用意したベッドの上で口先の「亡命政府」を名乗るだけになると多くの人が予想したが彼はそうしなかった。相反、それらの予想を180度ひっくり返して見せている。5/17現在でウクライナがなお領土防衛の高い士気を保っているのはひとえに彼のこの姿勢が原点になったといっても過言ではない

まさに映画のヒーローそのものでありゼレンスキー氏自身が当の映画人であってみれば「彼が(たまたま)大統領に選ばれた映画」そのものをいまだに演じ続けていておそらく心の奥底で彼の役者魂がかえって彼を真の大統領に為しえているとわたしは想像する彼の冷静さも自分と役柄との微妙な呼吸からどこかで自分自身をカメラで追っている感覚それが彼を本物のヒーローにしているひとつの力なのではないだろうか