ஆசை、அழிவு、அமைதி (பரிசு)

       「欲望・破壊・平和」  ペン

2月28日のアメリカ・イスラエルによるイラン戦争が開始されてから間もなく2週間になるアメリカ・イスラエル軍の圧倒的武力の前にイラン革命防衛隊およびイラン軍はほぼ壊滅状態だ、அது தெரிவிக்கப்பட்டுள்ளது。

攻撃の表向きの理由はイラン政府が民衆を弾圧多くの市民を死傷させているのが「人道上」許せないという「正義の番人」の役目もう一つあとから出てきたのはイランが核兵器完成直前であと1週間も待てば「核保有国」になるという非常事態への対応として

「正義の番人」はかっこよすぎるだろうウクライナ戦争では悪の応援団長なんだし民間人をロシアがいくら攻撃しようともなぜか眠ったままの「正義感」をお持ちだ核兵器云々は後付けのガセネタに決まっている
 「大量殺戮兵器」を隠しているという理由でイラクを攻撃したイラク戦争を思い出すいくら捜索しても「大量殺戮兵器」なるものは発見できなかったが「民衆を弾圧した」という理由で当時のフセイン大統領を裁判にかけけっきょく死刑にした犯罪理由のすり替えというとんでもない手法そんなやり方でアメリカはノーベル平和賞を受賞したオバマの時代でさえ「好き勝手」をしてきた。மூலம்、当時でさえ歴代アメリカ大統領で最も数多くアメリカ軍を出動させたのはオバマだと言われていた

確かにイランの女性にとってトランプは一時的には救世主のように見えるかもしれないでも本当に(本当なわけないが)イラン国民に共感するのなら戦争というかたちを取らなくても他に正義を発揮する方法はあるはずだトランプ得意のディールの種が尽きたということか娘婿のクシュナーに洗脳されプーチンにたぶらかされネタニヤフにそそのかされたうえカネのニオイにつられて自信満々戦争の泥沼に足を踏み入れたがどうやってそこから抜け出るつもりなのか
 国連の上に作ろうとしている「平和協議会」なるものがただの欲望組合にしかなり得ないことがこれだけで十分すぎるほどわかる

சாய்ந்த "நீதி"

とうとうイラン戦争が始まったアメリカとイスラエルによる共同先制攻撃アメリカとイランの間では核開発を巡って交渉中と公表されていたが攻撃態勢が整うまでのただの時間稼ぎだったのかとの非難もある

明らかな「他国への武力行使」で国際法(というものが現実に機能するのかどうかは別として)違反。மறுபுறம்、人権を抑圧されていた女性たちが狂喜し街なかでも体制への直接的な攻撃を歓呼する映像(これがフェイクかどうかは判らないが)などもSNSなどで拡散されておりたとえばオーストラリアなどは攻撃を歓迎支持を表明したそれぞれの関係や価値観を巡り国際的な対応も割れそうだ

(確認はされていないが)「市民3万5千人を虐殺した」ことに対する「正義」としての攻撃だとトランプは戦争開始の理由を正当化した。மறுபுறம்、ウクライナで多くの市民を拷問死させるなど市民生活の基盤を見境なく4年以上もの間侵略し続けているプーチンには深い理解(敬意かも)を示すのみそこでは「正義」は別の意味を持っているのだろうか「恣意的」正義のそしりはまぬかれない
 さらにトランプは「国連は何もできないからアメリカが代わりにやる」「国際法なるものはわたし(トランプ)には関係ない」とも公言している要するに武器とカネを持っている奴が一番偉いあとはそれに従えという論理だろうイランが核を持てば自分の立場が揺らぎイスラエルが核を持てば味方になる「NPT=核不拡散条約」もまたアメリカの恣意的利用のためにあるかのようだ

ஆனால்、「正義」や「公正」は「公平性」が前提だと考えているのはどうも日本人くらいのものらしいアメリカ人にとってアメリカ贔屓は正義であり公正なものらしいし他の国々にとっても概ねそのようなものらしい
 先日閉会したミラノ・コルチナオリンピックの採点競技でもたくさんの不満が噴出しそのための調査も提起された百分の一点差を争うフィギュアスケートで自国の選手に8点とか9点とか特に高く評価した審判員が何人もいることが公表されたという調査した科学的データによれば最も公平なジャッジは「日本人の審判員」だったそうだ特に注目を浴びたのは「自国の選手にむしろ厳しい」判定だったという選手の活躍だけでなくそちらの方でも高評価だという。அதுவும் நல்லது、と多くの日本人が納得するところではないだろうか

சமச்சீரற்ற தன்மை

「子どもの顔」  ペン

今日(23日天皇誕生日)は暖かい春の日になるという天気予報どおり当地でも22℃まで気温が上がったようだ。நிச்சயமாக、わたしも半袖で!自転車を漕いでいた「春一番」は日本のどこかで昨日記録されたような気がするが現実はまだ2月ですよ黄砂も花粉の飛散も注意報だらけの「春の日」今夏の恐ろしさを予見せざるを得ない

タイトルの「非対称性」とは「対称性」がないということたとえばボクシングの試合なら相手のパンチに対抗できるのは自分のパンチしかない手段としては同じなのでこれは「対称性」の例

同じようにボクシングの試合に例えるなら相手のパンチに対して逃げ回りながら「あいつのグラブには○○があるから反則だ」とレフェリー・審判員及びメディアに訴えることで(「反則勝ち」という)勝利を収めるというのが「非対称性」
 例が悪かったかも「オレは金も権力も持ってるぞ」と威張る相手に「わたしは『恥』という概念を知ってるよ」と論理・価値観を変換するのも「非対称性」であるらしいんだわたしも最近になって耳についた言葉なので確たる自信はないがそんなところではないかと想像する

「非対称性」という概念を知ることは無用の摩擦無用のストレスを軽減するキーワードではないかと思える。சில நாட்களுக்கு முன்பு、ロシアの大学で学生の軍隊への志願率が低いことについて学長が「臆病で恥知らずだ」と「諭した」ことについて学生たちが「学問の自由」を主張したことが「非対称性」の例だというのは間違いですね