抵達下北。涼爽的…!

今晚我要蓋上蒲團睡覺——我也準備好了毯子。

8/8 下午2點、我在下北/東通村。。我很高興能夠在颱風逼近關東地區之前離開。。最高溫度17°~18°。正如預期的那樣。外面很冷。

我每天都生活在炎熱的天氣裡,這似乎是個謊言。。身在關東、全國範圍內的新聞都是關於“危險的高溫”。、日本列島很大。即使只是溫度也會產生這麼大的差異。岐阜縣美濃市今天也是 41°。、據報道,岐阜縣金山市的氣溫也達到了 40.5°。。

20計劃停留至。我有時間、很酷,所以我想我可以畫很多東西、探望臥床不起的母親、不幸的是事實並非如此。軟軟的會是最好的。我只想盡我所能。。

在大宮車站新幹線月台等車、1一隻長著羽毛的鴿子落在我腳邊。。我很害怕我會被踩到。、如果你仔細觀察,你可以看到兩隻腿上都有手指。幾乎沒有。人類只有腳跟和腳背。。小朋友追我、還來不及拍照,它就飛走了。、出發後一段時間、我在想為什麼我失去了手指。。

下北行き

「飛ぶ男」習作

8/8 前往下北/東通村。昨天(8/5)、東通村の最高気温18° だという(数日前は29°まで上がったらしいが)。同じ下北でも、常にむつ市より2〜3°は低い。連日の36°、37°の関東地方から行くと、涼しいを通り越して「寒い」だろうな、一定。

この気温、例年のこと。ようするにヤマセで日が差さない日はこうなる。夏場はヤマセのため特に霧が出て、数年に一度は極端に日照時間が少なく、冷害になる。1988年の8月は、1か月の日照時間がたったの4分 。霧が濃く、日中でもヘッドライトつけて走ったのを覚えている。北海道、襟裳岬や釧路によく似た気候。海抜0mで水芭蕉が群生するなど、湿地が多い点も共通する。

母の見舞いとお盆を兼ねて。例年なら涼しい中で制作三昧、というところだが、どうも今年はそうもいかないようだ。行くのも正直、少し気が重い。台風にぶつからないといいけど。

「危険な暑さ」体験

「飛ぶ男」習作

「熱中症」になりかかった、と一時は思ったが、どうやら「急激な脱水症状」だけだったようだ。但、呑気に構えていたら、熱中症になったかも知れない、という体験をした。

7/31(昨日)晴れ。気温36° 鉄板屋根の倉庫二階での作業。大作約50点、10〜15号程度の小品約120点ほどを二階から下へ降ろす。我的妻子是我唯一的幫手。我把上面的照片拿下來了。、我妻子負責把它靠在另一面牆上。。實際工作時間預計約1小時。。二階といってもバルコニーの様な感じで一階とは吹き抜けで繋がっている。窓は一階と二階に小さいのがひとつずつ。壁は半透明の塩ビ板を足場鉄骨で繋いである、ごく簡易な建築資材倉庫。梯子を使って降ろす。

バルコニーは太陽を受ける側にあり、そこに大作が50点ほど立てかけてある。そういう状況ではかなりの高温になるはずだから、帶上溫度計檢查是否有危險。很多飲料、幾件換洗的衣服、毛巾、鐘。我以為大部分畫都是畫布。、事實上,它們大多數都是重型面板。、這成了一個不小的負擔。。

天氣晴朗,天氣炎熱、每次工作時間少於15分鐘、然後下去補充水分。、休憩15分と決めて、作業開始。50°までしかない温度計の目盛りがすぐに振り切れてしまった。彷彿、燃えるような感覚に、少し危険を感じたが、日程の都合もあり、強行。

猛烈に汗をかき、降りては、水分補給の繰り返し。あと一回というところで、我在休息期間從梯子上摔了下來。。割開頭皮、我的左臀部和大腿之間嚴重瘀傷。。我的臉沾滿了血、我的妻子很不高興,但是、我知道我沒事。

其實我也感受到了痛苦、完成所有預定任務後。クーラーの効いた場所へ戻ろうとしたら、急に息が苦しくなった。耳の聞こえ方が水の中のようで、自分の声がかすれてうまく出ない。場所が離れているので車での移動だが、運転できるか、一瞬不安になった。クーラーの部屋へ戻っても、塩分入りの冷たい飲料をがぶ飲みしても、噴き出る汗が止まらない。3枚目の着替えをする頃、我終於平靜下來。そこまで2時間休んだ。

落下の理由もよく分からない。たぶんふらついたのだろう。作業を終え、身体は休んでいるのに、むしろ気分は悪化するという「急速な脱水」による体験。每個人、汗を甘くみてはいけませんよ。暑い時は作業しないこと。する時でも、慢慢地、ペースを落としてやる。決して一人では作業しない。ご留意下さい。