阿里塔西塔琴

「夕焼け」のための習作

昨日ガソリンスタンドで車に給油プリペイドカードで支払った店員がこちらに領収書を見せながら「あと○○円残っています」と言っている(らしい)が全然聞き取れない

想像するに○○ℓ入りましたリッター〇円引きなので○○円になりますカードにはあと○○円残っていますと言っている金額だけは辛うじて聞き取れたような気がする(領収書を見ているから)

店員は若い童顔の(20代?)日本人(の男の子?)最後にきっちり営業用のスマイルで「アリッターシタ―」「ありがとうございました」と言ってる気がするらしいプリペイドカードは「プリカ」トレーディングカードは「トレカ」クレジットカードは「クレカ」やスマートフォンの「スマホ」は日本人にはもう日常語化しているが日本観光中の多くの外国人にはまだ解からないと思う「めっちゃ」「ヤバい」は観光で来る外国人にはむしろこちらが普通の日本語だと思われているようだ

現代日本語は日本人であるわたしにも「ムズイ(難しい)」これを漢字で書くと若い人は「ナンシー?」と訊く教育漢字というものはすでに廃止になっているのだろうか薔薇林檎躑躅など「日本人なのになんで漢字(中国語の意味?)で書くの?」ひらがなもしくはカタカナで書けってことかところで皆さんさっきの3つの漢字読めるでしょうか?確かに、已經、バラリンゴツツジとしか書かれていないことも多いもんね外国人もひらがなカタカナなら読めるらしいから

空間隙

《滑翔機(未完成)》水彩畫

我討厭空虛的縫隙。這不是一個困難的故事、它簡單地指的是塑膠垃圾之間的間隙。。

例如我每天吃的優格的容器。。大多都是400cc左右。、我一次吃200cc。、2每天一箱就變成垃圾。如果是紙質容器,可以將其壓碎。、裡面硬、有一個堅固的容器。如果這種堅固性可以用於其他用途,那就太好了。、當談到扔掉它的時候、我討厭裡面的空間。、這是一個可笑的故事。。

我不覺得我必須把其他東西扔在那裡。。間隙空間是不可接受的。。油炸食品包、豆腐納豆包、壽司等配菜的包裝、每一個都展現出不可饒恕的差距。。這就是為什麼、放剪刀、當它被壓扁的時候、我終於感到安心。但、我的家人實際上討厭它。。
 家族はプラスチックごみの日、我不介意拿出那個又大又鼓鼓的袋子。。我想成為一個被壓扁的小垃圾。但、當我很忙的時候,我也會把它放在一邊。、我不徹底,所以我不會去爭論。。

以同樣的方式、ペンケースでも、就算是背包,也要塞到縫隙裡。、我覺得有些不對勁。然後、雖然可以“消除空白”、這與最初讓整體變得更小的願望相矛盾。。這樣做的原因是我背著扁平的背包感覺有點不舒服。。如此矛盾的感覺、它也可能反映在你的生活和寫作中。。懶惰的、薄訊息、我不喜歡寫作(雖然我不喜歡)、(這並不是說你可以寫出豐富的訊息或句子。)。
另一方面、繪畫和雕塑、不僅是建築等藝術空間,、因為把東西塞進你的生活空間會讓你覺得很痛苦。、我覺得我內心是很自私的。。但、也許我並不特別。事實上,大概、我相信有很多這樣的人。、我甚至認為。如果我們一起闖紅燈並不可怕。、雖然我感到很欣慰。