パソコンを作る

組み立てたパソコン内部

パソコンを自作したといっても私ではなくほとんど息子私は片方を持ち上げたりここにこれを差し込んでとかいう指示に従うだけ前の時はただ見ているだけだったが、Šį kartą、いくらかは「自作」の気分を味わわせてやろうという「思いやり」

言うまでもないがパソコンの重要部品の多くは精密品CPUだのなんだのまで自作できるはずもない「自作」の意味は,「自分の使い方に合わせる」ということ市販品では自分の希望のレベルに少し物足りなかったり欲しい性能と価格が見合わなかったりするそれで「自作またはオーダー」ということになる要求する性能と価格を上手に組み合わせればそれなりの満足感があるただ安くしたいだけなら安い物を買えばいいだけの話

「自作パソコン」で一番重要なことは「パソコンで何をやりたいのか」ということだと思う「パソコンで絵を描きたい」なら各パーツに要求されるレベル(スペック)があるしゲームをしたいならやはりそれに見合うスペックがある水彩画を描きたいなら油絵具ではなく水彩絵の具を選ぶようにそれからあとに製品知識器用さなどが関わってくる(製品知識などふつうは持ち合わせないからまめに調べる「検索力」も大きい)

ひとくちに絵を描きたいといっても頭に思い描く絵のイメージはひとそれぞれパソコンもたぶん似たようなものではないかパソコンを知らない私などは「パソコンで何ができるのか」などと考えたこともなかった今回私の希望に合わせて「作ってもらった」『自作パソコン』で「もっとこんなこともできるんじゃないか」と前向きに思えるようにすこし頑張るつもりでいる

競争原理

「人形(仮)」(エスキースを試行中)

「世の中は一歩出れば全て競争だ」「だから子どもたちにもできるだけ早くからそれに対応できる力をつけさせなければいけない」と多くの人たちは考えているようだ学力しかり経済観念しかりそのために学校へ行きそのために勉強しそのために良い大学へいき良い会社に就職するそこまでの競争を勝ち抜けたことに感謝しその競争社会のために奉仕するそれが「子供たちの将来あるべき姿」だと考えているようだ

新総理大臣の「自助(自分のことは自分でやれ)」「共助(本人ができなければ家族親類等でカバーしろ)」「公助(あきらめて死ぬ覚悟くらいはさせてやる?)」に世論調査で70%近い支持を示す国だからそれに疑問を唱えたってまともに相手にもされないだろう要するに「競争を勝ち抜けば〇」と言っているわけで「なんだかんだ言っても金がなければ何もできない」という「常識」も同じ発想から来る

TVの中である小学校では「努力して以前より少しでも順位を上げるその過程頑張りを評価するのです」と校長先生がいかにも順位本位ではないというふうに胸を張るけれど3位の子が1位になれば1位の子は下がらなければならないその子は努力をしなかったという評価になるのだろうか

「その悔しさをバネにして次回は頑張れ」というなら次には今1位の人を引き摺り下ろせという意味でありこれでは単に苦しみを繰り返すばかりの地獄ではないのだろうか。ir、それが本当に「本人のため」なのだろうかいつもビリになる子にどんな「肯定的評価」があり得るのだろうかそしてこれは別に子どもや特定の分野だけに限ったことではない要するに「勝ち組」以外をふるい落とすための「国民的制度」に他ならない

その「常識」はどうやら世界の隅々までというのではないらしい「競争だけが人生だ」とか「倍返し」などという言葉とは遠い国々がある世界で最も「幸福度」の高い国々だ(「世界幸福度報告国連の持続可能開発ソリューションネットワークが発行はする幸福度調査のレポート自分の幸福度を10段階で答える世論調査の平均値)国の経済力の大きさと国民の幸福度とは一致しない人を引きずりおろしてその地位を奪うその瞬間だけは幸福度が高いかもしれないがその逆の場合に幸福を感じる人はいまい競争をすべて否定するつもりなどないが勝ち負けにもっとも高い価値観を置く気持は私にはない

Kai ateis ruduo, mano akyse bus šviesu...

„Manjushaka“ 2020.10.2 4:30pm, Japan

Šiandien buvo karšta。Dieną vilkėjau tik marškinėlius.、Kai vakare einu pasivaikščioti dviračiu、Tai tikrai skiriasi nuo intensyvaus karščio prieš kelias savaites.。Prie Mandžušos gėlės netoliese esančiame parke、Švietė besileidžianti saulė。darant nuotrauką、Virš jo sklindantis vėjo garsas、Tikrai gaivus。Negalėjau nepajusti dainos „Ateina ruduo...“ (Tai taip pat labai lengva pamatyti)。

Vakar vyko mėnesinis haiku susirinkimas.。Su naivia mintimi apie haiku susibūrimą pramogai、Tai kažkas, ką priversta ruošti dieną prieš haiku susitikimą.、Mano šeima ją skaito kaip „Sukurtų haiku draugiją“ (gaila kitų narių)。Vakar, spalio 1 d., buvo „Rudens pilnatis“.、Haiku pavadinimas yra „Mei (pilnatis)“。

Didžiausias balas haiku susitikime buvo、Pono S šūkis: „Žalieji apelsinai kartu su pirkimo skyriaus raštinės reikmenimis“。Tai buvo beveik pilnas balsavimas.。Žinoma, aš jam skyriau aukščiausią balą.。Nes aš žinau, kad esu gana iškrypėlis.、Aš beveik nenoriu būti išrinktas (nors noriu, kad jie suprastų turinį).。Bet、Pastaruoju metu nariai priprato.、mano iškrypimas、Tiesą sakant, aš nerimauju, kad jis daugiau taip nesijaučia.。

Mano eilėraščio pavadinimas yra „Čiulpti pilnatį ir karšių akis“.。Nemanau, kad tai prasminga、Dėl tam tikrų priežasčių jis buvo stebėtinai populiarus。Praėjusį mėnesį、Ryškus šiuolaikinės Japonijos politinės apatijos kraštovaizdis.、Jis su pasitikėjimu pateikė kūrinį pavadinimu „Jie mėgaujasi vasaros šiluma savo nekaltomis šypsenomis“.、Buvo 0 taškų。