
「顔をよごす」シリーズ?の習作を続けている。女性の顔をきれいに描くのは一種の常識だろうから、この流れはマイナーな方向性を持っていることになる。
わたしには子どもの頃から変な癖があり、それはマイナー指向とも呼べそうな方向性だった。ことさら反抗的とかいうことではなく、しいて言えば「見捨てられたものをそっと拾い上げたい」という心情に近い。もちろんメジャーなものへの憧れや尊敬も普通に持っていたが、そういうものだけがいいわけじゃない、とはいつも感じていた。
芸術というのには、そういう見方に適した空間がある。小さなもの、崩れたもの、弱い者、よごれたもの、そして声にならないことば。そうしたものにも確かにある真価。それを拾い出すための方法を学ぶ空間がある。ものの見方は一つじゃない。絵を通じてずっとそれを学んできたと思う。