カメラやモニターなど視覚機器には「解像度」という用語がある。簡単に言えば画面の密度。高いほうが画面鮮明と、おおざっぱにイメージすればよい。解像度を上げれば画面はきれいで滑らかになるが、そのぶん他の機能に負荷がかかるので、なんでもかんでも解像度を上げればいいというわけではない。
でも、ここでのそれは(自分の)「頭の解像度」。もう少し上げたいなあと。そのぶん、他に多少のしわ寄せがきてもやむを得ない。
これまで「低解像度」で過ごしてきてもべつだん不都合を感じなかった。それはたぶん特に何も求めてこなかったことの裏返し。のんのんと自己満足に浸ってきたということになるのだろう。なにか具体的なことを達成しようとすれば、ある程度きちんとした理解が必要になる。たんに流れを理解するだけでなく、実際にテストし、失敗を検証する場合もあるだろう。それらのひとつひとつが不鮮明では、結果にも確信が持てなくなるのは当然だ 。
そこまで構えなくても、一つ一つ、ピンと理解していきたいものだなあ、という願望(希望)がある。最近視力が弱くなってきたことと反比例の感覚があるのかもしれない。「こんなにぼんやりしているのを、今まで見えた気でいたなんて怖いな」。