Liepa yra susijaudinimo atsigavimo laikotarpis

Kas žavi piešimo pradžioje、Ar todėl, kad jaučiu, kad galiu laisvai dalytis savo vizija?

Liepa nuo šiandien。Šiemet jau baigėme pusmetį。visi、kaip sekasi?。Esu (tikriausiai) kaip ir daugelis žmonių.、„Man viskas gerai, bet、Manau, kad aš šiek tiek pavargstu“.。Vakar irgi vakare、Ketinau šiek tiek pagulėti, bet galiausiai užmigau apie valandą.、18pabusti laiku、Suglumau pagalvojusi, kad rytas.。bet、Miegas yra visos sveikatos pagrindas、Tai buvo daug geriau nei negalėjimas užmigti.。

Pavadinimas yra、Šio mėnesio „haiku“ ketinimas。Sezoninis žodis yra „liepa“。Visų mėnesių pavadinimai yra sezoniniai žodžiai, todėl tai paprasta.。Praėjau lūžio tašką jausdamasis išsekęs dėl prasto oro.、Ateik liepą ir išgirsk lietaus sezono pabaigos balsą – pajusite naują pradžią.、Tai frazė sulaužytu balsu, kuri sako: "Mes pasveiksime!"。Atsiprašau už pokštą.。

Šiandien kai kur Kanto regione galimas lietus.、Nors šiek tiek vėsiau、Remiantis naujienomis, nuo šiandien TEPCO jurisdikcijoje bus „prašymas taupyti elektros energiją“.。Kita vertus, jis taip pat sako: „Naudokite oro kondicionierius, jei reikia“.。iš pažiūros prieštaringi、Kokia prasmė? „Jei pakeisite savo aušintuvą didesne energijos taupymo funkcija,、„Naujasis kapitalizmas“ progresuoja (ministras pirmininkas Kishida).、O dieve mano。
Kai pavargstu、domisi viskuo、smalsumo lygis mažėja、Vis didėjantis nepasitenkinimas。net namuose、Nedidelis nesutapimas gali sumaišyti nuosėdas.、Būkime atsargesni ir dėmesingesni nei įprastai sau ir kitiems...。

Na tada、Ar sužadinimo atkūrimo atkūrimas yra „pilnas pyragas“? bet、Svarbu „nupiešti paveikslėlį“, koks tai močis.、gal。Tai vizija, ar ne?。žmonės gyvena link jo。Maistas ir pinigai reikalingi išgyventi、Atrodo, kad be vizijos žmonės nustoja būti žmonėmis.。

アジサイを見に行ってきました

アナベルという品種だそうです大人の頭くらい大きい
木陰には涼しい風も

Sekmadienis、一人で幸手市権現堂で開催中のアジサイ祭り(6月25日まで期間を過ぎても花は咲いていると思いますが)に行ってきました気温31℃とかなり暑かったのですが結構たくさんの人が見に来ていました

こういうイベントではわたしはいつも花より人を見に行きます人間観察をしながら見知らぬその人のストーリーを勝手に想像して楽しみますすれ違いざまにふっと耳に入る言葉からイメージが広がることもままあります頭に浮かんだ一瞬のドラマをたいていはすぐに忘れてしまいますけどちょっと文章化してみようかなと思う時もたまにはあります
 あるいは顔のコレクション。Tačiau、顔の写真は撮りませんあくまで記憶の中だけにします顔や表情の観察は人物画を描くときには少なからずプラスになるんじゃないでしょうかコロナ以来コレクションにはマスクがとても不便です

もともとは絵になる構図を探すのが主目的ですが途中から腰が疲れてきて、100枚ほど写真を撮って帰宅しました。10枚くらいはトリミングすれば使えそうです(たとえば下の写真はどこかのシーンに使えそうに感じます)。o brangusis、暑い中を出かけただけの収穫はあったことにしておきましょう

Vasaros pradžioje

描き始め完成がこれより良くなるという保証はどこにもないんですけどね 

「初夏」水彩 ファブリアーノ(コットン100%)紙

昨日(6月24日土曜日)朝アトリエの向かいにある神社から神輿が出て小さな町内を一回りしました軽自動車に太鼓叩き達を乗せた先触れが早朝サッと一回りしたあと若い人たちが威勢よく担いでいきます今年の掛け声は初めて聞く調子がありアレっと思いましたがもしかしたら担ぐ人の顔ぶれが違うのかもしれません伝統もいいけれど何かしらちょっとずつ変わっていくそれもいいものだと思います

「駐車場のある風景」のアレンジですマスキングの着け方にちょっと工夫し一部を筆で擦りつけるようにやってみましたその効果はちょっと出ています

色が少しボーっとしているのはコットン100%の紙だからということもありますが若干「風邪をひいている」せいもあるようです「風邪をひいている」というのは「紙が風化している=湿気に晒されて劣化している」という意味で水彩を描く人たちがよく使う言葉です古いスケッチブックでもないし置く場所には気を遣っていたんですけどね
 紙が風邪をひいているかどうかは描く前では見た目ではまったく判りません。Bet、筆を置いた瞬間に??と感じますし絵の具をおいたあとなら誰の目にもはっきり判るようになります返品しようにもスケッチブックの個別包装を破きデッサンを描き色を置いてしまってからですからもうそれはできない?と諦めてしまっているのでこれまでメーカー(販売会社)にクレームをつけたことはありません。bet、これは本来メーカーもしくは販売店の品質管理の問題で作家のミスではないのですからいずれ納得のいくかたちで改善されるべきだと思います「風邪ひき」で作家に嫌われ潰れてしまった世界的メーカーは23あるようです
 話が逸れてしまいましたこの絵でわたしが描きたかったのは「自動車」です特定の車種とかへの思い入れではなく風景の中に「車社会という現在」を入れたかったということです現代は地球環境に対しての視線は年々厳しくなっていますいずれは自動車などというCO2排出器はなくなるかもしれないというやや記録的な視線で描いておこうと思ったのですまだまだしばらくは車が消えることはないと思いますが

絵としてはあくまで「初夏」の風情がテーマです車はあくまで点景に過ぎません爽やかな風を絵の中に感じられたらいいなあと思うんですけどね