250° anniversario della fondazione dell'America

"Metti la mano in tasca" CG

250 anni da quando l'America divenne indipendente dalla Gran Bretagna。È naturale che l’America lo commemori.、Il presidente Trump ha legato tutto insieme al suo compleanno e ai suoi successi.、Sembra un evento di lode di Trump、È stato riferito che。

Bugie continue che possono essere definite patologiche。C'è stato un tempo in cui le persone mentivano e dicevano: "Ho appena detto qualcosa che non è vero".、Un presidente con un forte desiderio di esprimersi、250 anni dopo la fondazione della nazione, finalmente “apparve” (molti di voi potrebbero aver visto l’immagine di se stesso come Gesù)。250Il “pus americano” che si era accumulato nel corso degli anni si è finalmente riversato.。È il suo risultato incarnare e visualizzare questo.、Mi sembra così。

Non importa chi sia Trump、Non tutto può essere fatto da soli。membri del governo、Sarebbe possibile solo se ci fossero persone del MAGA chiamate “gruppo di supporto rock” diverse da quelle coinvolte.。Condividono le sue bugie e il desiderio di esprimersi.。Almeno è permesso。
Come previsto da quelle persone、Trump critica il MIGA (Make Israel Great Again), non il MAGA、Sembra che le persone stiano iniziando ad andarsene.。Non cercherò di fermarmi per sempre、L'attacco di Israele a Gaza (alcuni dicono、Ci sono anche rapporti secondo cui prendono di mira intenzionalmente i bambini.)。L’Iran sta cercando di trascinare gli Stati Uniti il ​​più lontano possibile、attacco al Libano e、Se si guarda alla cieca obbedienza di Trump nel cercare di integrarsi il più possibile.、In realtà è troppo tardi。

piuttosto che il presidente、Commemorazioni per il 250° anniversario della fondazione degli Stati Uniti, guidate personalmente da Trump,、Allontanati con le mani in tasca、produceva circa la metà della popolazione americana。Sarà ricordato come l’evento più controverso dai tempi della Guerra Civile.。

Come usare il grigio

「スーパーのさんまパック」 水彩

この絵パッと見た時に「スーパーのパックなんか見せてどうすんの?」と思ってもらえたら嬉しいスーパーで売っていた「春のさんま」(「秋刀魚」とは書いていなかった)

教室で「こんなモチーフも面白いと思うんだけど」とスーパーで撮った写真のコピー数枚を教室でビラビラ振ってみた難しいモチーフだから誰も持って行かないと思っていた

Tuttavia,、Tuttavia,。課題でもないのに次の会にみんな描いてきたではないか!しかもそれがみんな自分なりの個性的なポイントで捉えていてとっても良かった!嬉しくなったどころか逆に刺激も受けたんです
 もしも公募展などにチャレンジするならただ魚を上手に描いて見せるのではなくたとえば「スーパーマーケットの店頭で」という現代(時代)性のほうをテーマにするという方向もあるよねという程度の一例に過ぎなかったのに

それで自分も描いてみたってことサンマそのものより「パックに入って並んでいる」ことが狙いなので冒頭のように見てもらえたら嬉しいというわけです。Ora、ホルムズ海峡封鎖などで石油関連製品の品薄感が社会問題になってきているから、Anche in questo caso、「さんま」より「トレー」の方にピントを合わせる視点はより意味があるだろうと思う
 時間がかかるモチーフだというのは描く前から分かっていたがやっぱり結構時間かかった。e、これは「グレーの使いかた」のいい課題になるなあとあらため考えた

giornata dei bambini、Gli adulti sono idioti della guerra

         「芍薬・Syaku-yaku」 水彩

今日は昨日の強風に比べたら穏やか!の一語(北海道宗谷地方では強風猛吹雪とかの予報だったごめんなさいね)アメリカや中国に比べてか「日本は小さい小さい」という意識を埋め込まれ続けるけ ど沖縄は昨日梅雨入りしたし列島のこれだけの気候の違いを見るだけでも決して日本の国土は小さくない、Credo che。

今日は「子どもの日」戦前は「端午の日」といい子どもの日ではなく「男の子」の日であったのはご存知の通り(「女の子」の日は三月三日)」
 NHKでは判を押したように「鯉のぼり」のニュースが流れていた戦前もこの日は鯉のぼりを上げることが “おススメ” だったらしいが家父長制のもとで「大きな鯉はお父さん小さい緋鯉は子どもたち」と学校唱歌にもあるとおり「お母さん」は単に「産み育てる」だけの「裏方」で歌詞にも現れなかったこともまたご存知の通りその家父長的視点の根深さが今になって少子化対策で慌てふためく政治の遠因になっているんですよ
 息子は数年ぶりに(支度を自前で整え)友人と「登山」に行った山が好きになってくれたようでちょっと嬉しいまた家族で山登りできる日が来るといいなあ
 
 芍薬は「薬」という名がつくことから察しがつくように平安時代に特に婦人科の「薬用植物」として移入されたものだと本には書いてある
 花言葉は「恥じらい」「思いやり」女性が好きな人の前でほんのり赤くなることが由来の言葉らしい英語でも blush like a peony (芍薬のように赤らむ)という言い回しがあるそうですよ芍薬はわたしも大好きな花の一つでこれまで何枚も描いたことがありますがこの美しさの前にはいつもプレッシャーを感じます。ma、それが全然嫌じゃないのがこの花の特別なところ「思いやり」のせいでしょうか

ニュースに出なくなったけど中東のガザなどいまどうなってるんでしょうね?アフリカのマリ共和国での戦争なんか、NHK Hajime、国内メディアではニュースの話題にもなりませんけど激しくなっていてそれが回りまわっていずれは台湾問題までつながりそうな気がするんですけど
 自国の旗を揚げたい国ばかりの中五月の風に泳ぐ鯉のぼりは(ともかく)平和の象徴のようですがそこにも歴史があるんですね