日の温み

関東地方の一部わたしの住んでいるあたりはここのところずっと晴天が続いているたまに強い風もあるが飛ばされるほどのこともないまあまあ穏やかな年の瀬だと言っていいだろう

地球の人口は2024年で81億人を越えているプランクトンとかハエとかそういうものを除けば(いやハエより多いかもしれない)いわゆる動物の中で人類ほど多くいるものは他にない

Naast het beroven en consumeren van voedsel en energie van andere dieren,、kennis gebruiken、Dit komt omdat het kan worden verwerkt en gebruikt als een nieuwe hulpbron.。Maar、Net zoals één persoon geen 100 of 200 jaar kan leven.、alles heeft een limiet。Zelfs als 50 miljard mensen op het land op aarde zouden kunnen staan,、Mensen kunnen niet leven door alleen maar te staan。geen bomen of gras、Er zijn zoveel mensen aan de horizon dat er zelfs geen vogels meer zijn.、Ik kan niet eens zitten, ik kan daar niet gewoon staan、Het heet al "welvaart"、Het is een toestand van de aarde die alleen maar een hel kan worden genoemd.。

Natuurlijk niet。Voordat het zo ver komt、Dit komt omdat de mensheid met de helft moet worden verminderd door elkaar te doden.。vrede op aarde、Het is ook het einde van het jaar dat zelfs zo’n waanidee alleen kan ontstaan ​​als de mensheid ten onder gaat.。rustige en warme zonneschijn。それは誰にも公平に分け与えられていると思うのは浅い夢に過ぎない多くの場合奪いとり奪われるものとして人類は生きてきたのだった
 この子も食料とエネルギーと平穏を奪い取られないようにずっと思案を巡らしているのかもしれませんよ

koude koffie

スケッチ

前にも書いたかもしれないがライフルでの狙撃の世界記録(忌まわしい記録ではあるが)は3800m現在進行中のウクライナ戦争でウクライナのスナイパーがウクライナ製のライフルを使いロシア兵を狙撃したとウクライナ保安庁(SBU)が主張しすでに世界中に知られている

軍や軍事関係者武器製造メーカーなどにとっては実戦での記録だからオリンピックでの100m走の世界記録などよりはるかに有用な記録であるに違いないわたしが想像するのは撃たれたロシア兵がその時なにを考えていたんだろうということ戦争だからいつどこで撃たれるか分からないという覚悟を家族の中には置いてくることができたにしても彼自身にとって覚悟などという言葉には何の意味もないほど遠くから現実の死はやってきたに違いない

同じくウクライナ戦争での話題で恐縮だがウクライナに供与されたF16戦闘機が墜落した味方の誤射によるものだと公式発表があったこのパイロットは非常に優秀かつ人望の篤い人物だったらしくゼレンスキー大統領がこれに激怒し即日空軍司令官が解任されたという

数日前わたしの叔父が故郷で病死した自分に何が起こったか知る由もないロシア兵と少なくとも必ずしも生還できないかも知れないと思いつつ出撃したはずのパイロットと家族に看取られつつ亡くなった叔父とのそれぞれの死の意味がわたしには解らない死には意味などなく単に「死」なんだろうなと今この瞬間は考えている
 家族の中でいちばん離れて暮らしているのになぜか私だけが祖父母両親の死にたった一人だけ立ち会った不思議な死の縁

スローライフ

「スローライフ」という言葉が流行語になったことがある今ではもう死語になってしまったかもしれない。letterlijk、ゆっくりのんびり生きようという意味だけれどそれが消えてしまったのは結局ほとんどの人の生き方が変わらないかったからだと思う

スローライフとはひとつの思想でしょうゆっくりのんびり生きるということはそのために多くのことを犠牲にする覚悟が要るということでもあったのにのんびりという気分ゆっくりというカッコよさだけに憧れたからちょっとしたマイナス要素に行き当たった時大多数の人々が恐れおののいてそこから雲散霧消してしまったのでしょう

それでも流行語になったことでその意識の一部は社会の中に残り宿根のようにいつかこんどはちゃんとした芽を出す日がくる可能性を残したと思う歴史は繰り返すと言われるが単純に繰り返すことはあり得ない時間は巻き戻せないのだ似ているようでも中身を変え中身が同じでも違うかたちを取って現れる

結局もっとお金が欲しい必要だという人(つまりわたしだ)にはスローライフは無理なのである生まれた時から莫大な遺産があるようなそんな人がそういう思想を持てるならば可能かもしれないがまあそういう人はいないだろう生きていくのにやっとでは思想する余裕すらないスローライフとは絵に描いた餅そのものけれど絵に描くことは無駄ではないいつか食べてみたいと思うからそしてそのために余裕なくあくせく働くのだから望む方向とは逆ながら結果的に社会の役には立っているのである