素描中可见的“意识”

「四つ角(田植えの頃)」
「散歩道」 ―単純化されている

上のスケッチは数日前散歩しながら撮った写真をもとにしたほぼ実景に近い(と自分では思っているが)スケッチ植えられたばかりの苗をどうやって表現するか試してみたものです下も同じ散歩コースのものですがこちらは意図的に平面化単純化しています

「情報量」は上の(普通の)スケッチの方が多そうですね描く方もそれは意識しています四つ角の右に見えるのは何かの「お堂」だと解ってもらえるだろうか左手のブロック塀の向こうに道は続いているのだがそう見えているだろうかなんて気にしながらそう理解できるように描いているつもりなんです

下のスケッチはちょっと違います「実際はこうなんですよ」という説明はかなり省略気味です。比那个、「この面は滲みを効かせたい」「ここは単純なブルーの方がいいかも」などとテクニカルな意識がずっと大きい(実際にテクニカルなのは上のスケッチですが)どちらがいいとかではなく「意識の置き場所」が違うんです

そうした意識の違いが表現に現れ表現の違いが個性を際立たせていく・・そうなんでしょうか。乍一看、説明は納得いきそうな気になりますが「表現」とか「個性」とかはそんなに簡単に割り切れるものじゃないという気がします。然而、下のようなスケッチは作者の「意図」がはっきりするぶん現代の人には受け入れやすいかも知れませんね

第十一届蓝海鸥社绘画展

我终于可以上传了。问题是什么?、面对自己不太理解的烦恼时、我(作为视频制作人)很满意,因为我能够比去年更快地完成工作。。

会员人数大幅减少。、不知道明年以后还能不能继续。、无论如何,我想做我现在能做的事。。相信成员们也有同感。。
新的挑战马上开始。又一年、为了能够更自由地绘画、首先我们先调整一下心情吧!