Nanesite grisaille

「秋(グリザイユの習作)」  水彩

逆光の人物をグリザイユで描いてみるグリザイユというのは油絵の古典技法のひとつでまず白黒で立体感まで描いてしまいそれから透明な絵の具をそれまでの陰影の上に重ねていく描き方基本的には油彩の性質を生かした技法なのでそれを水彩に応用しようとしても原理的に無理なところがあるそれを知りつつやっているのがこの絵です(グリザイユについては当ブログ8月15日、22日をご覧ください)

水彩でのグリザイユ(と言っていいかどうか悩むが)では失敗しにくい描き方だと言える反面途中で変更することがふつうの描き方の時より難しい。poleg tega、最初にグレーで描き始めるため水彩独特の軽く変幻自在な色の世界を失うという原理的なハンディを出発点にする技法になる紙も一般的な安価な紙は使いにくい

Toda、それらは技法上の問題であって絵画としての問題ではない絵画では材用や技法のことなどどうでもよく見る側あるいは描く側にどんな心象を与えるかだけが問われるだけ

絵画は「見るもの」だがわたしたちはいつのまにか絵画を「読む」ようになってきたずばり「絵画の読み方」などという本が書店には並んでいる予備知識があれば「より深く絵画を読める」ような気がするからだろう食べ物の場合でもそれが伝統的なものであり老舗の特殊な技術のことを知ればより「味覚が深く」味わえるというのと同じ理屈であるちょっと意地悪に言えばおなじ本からおなじ知識を得ていれば同じような感じ方になるようにも思える
 何が描いてあるか歴史上の意味や技法上のことを知らなくても「この色がきれい」「この線の迷いのなさがすごい」などという見方というより感じ方をわたしはもっと大切にした方がいい、Mislim, da。リンゴを齧るとき生産地や種類を知ってから食べるよりいきなりかぶりつき皮の硬さや果汁を感じる神経をもっと大事にしようと思うから