Squis

          「空港」のためのエスキース  水彩

夕方軽い頭痛で自転車散歩が億劫作品用のエスキース(構想&一種の試し描き)をしたどこかに出品するためではなくいつか描くかもしれない(描かないかもしれない)作品のそして、、とりあえず描いて(撮影して)みた

エスキースしてみるとここが制作上のポイントだというところが分る表現上こなれていない(迷いそうな)場所も分るそういう場所を何度か描いてみてある程度納得いってから本番それが本来のプロセスだが多くの人はそうしない面倒くさいから

「空港」というモチーフは同じでもテーマによって構想はいくつでも考えられる「題名」と「テーマ」は違うものだが仮に題名を「空港にて」「帰国または帰郷」「旅立ち」などとするだけでも人物も数人だったり若かったり年配者だったりポーズも立っていたり坐ったりこちらを向いたり背中だったりと誰にでもそれぞれの題名ごとにいくつかの構想が想い浮かぶに違いないその中で自分の気分に合うものできるものやってみたいものを選ぶ

Češnjevi cvetovi so težek material

      「Sakura習作」 水彩

早いところではぼちぼち「寒ざくら」ではない普通の桜も咲き始めているらしい当地は桜の名所として毎年NHKなどで紹介されるが今のところは梅が早春を謳歌している最中桜の出番はもう2週間くらい後になるだろうか

桜を「間接的に」描いてみた正面からではなく「側面」から「桜」は西洋画スタイルの絵画制作者にとってはかなりハードルの高い題材だ、Mislim, da。描いてみると解るが画面全体にぼーっとしたピンクの綿飴が散らばっているようにしか描きようがないから

日本画家にとっての「桜」は必修科目であり見方表現法から評価・鑑賞の仕方まで徹底的に考え抜かれ制度化されて日本人の心や記憶の中に深く染み込んでいる描く側にも見る側にもしっかりとチャンネルが設定されているからまるで子どもが「名作絵本」を母親に読んでもらうかのような安心感があるそうした土壌の上にすっくと育ちのいい「名作」は存在しやすい。Ampak、「洋画」には素材的にも断絶があり従ってわたしの知る限り洋画においては誰でもが知っているような桜の名作と言えるものがなさそうなのはそれが理由だと思う。。

というわけで縷々弁解がましいことを述べたうえで桜を間接的に表現することにしたどこかのロビーに腰かけている数人の人々その背後の庭か公園に桜が満開というイメージガラス一枚隔てただけの空間だが直接には手の届かない空間でもある
 この中で案外手間ひまがかかるのが「椅子」備え付けの同じ椅子でなくてはならないし同じ角度だけでは平板になってしまうベタッとした長椅子なら手間は省けるが視覚的に面白くないなど結果として椅子の下描きにかなりの時間を費やした主題である桜は数分サッサッと済ました

展覧会報告

久しぶりにフランシス・ベーコンの絵をナマで見たやっぱりええわ!
写真(映像も)表現が多いのは「時代」ですねでもこんな表現AIにはまだ無理だと嬉しかった

初めに東京・乃木坂の国立新美術館へ行ったロンドン・テートギャラリー所蔵の作品による「YBA&ビヨンド」展。1990年代のイギリスのアートの尖端の穂を抜き上げて見せた展覧会といえばいいかな国立新美術館のキュレーションでは内容がピンと来なかったのでわたし流に言い換えたがやっぱりピンと来ない。Ma、そんなことはいいか

「フランシス・ベーコン」やっぱりいいね。20代の頃のわたしは彼の制作スタイルに夢中だったその頃彼は60代だったと思うけれど作品は既に現代アートの「古典」になっていた

前にも書いたがわたしは{英国のアート観」(それとイタリア人の感覚)をフランスよりましてやアメリカなどより数段重要視している短い言い回しで解ってもらえるなどとは思ってもいないがあえて言葉にすればイギリスのアートは一筋縄ではいかない挫折と諧謔性の繰り返し積み重ねによる歴史観そこからくる自己客観視の凄まじさが歴史的に他の国とは別次元のレベルになっている(それがかつてイギリスが世界帝国であったことと無関係ではないとわたしは想像するが)とずっと感じ続けているアメリカはイギリスで生まれたアートの「増幅器」の役目そしてビジネス化の功罪の方が大きいというのがわたしのアート史観である
 下の写真は作家自身の(飲んだくれの)父親とその妻の夫婦喧嘩中の写真だろうと解説にあった馬鹿馬鹿しいようだがこれこそAIにはできない仕業なんじゃありませんか?

浅見文紀「春の雪」 油彩F20号

もう一つは日本橋三越本店で開催中の浅見文紀油絵展埼玉県秩父市在住の彼は近くの風景をライフワークにしている若い頃はといってもわたしよりずっと若いのだが「段ボール」をせっせとモチーフにしていた今回も1点だけ同モチーフの作品があるが「卒業」しますという意味だったのかもしれない
 取り上げた作品について「桜の時期に突然雪が降ったんです」というそんなこと言われなくても解るのが絵というものだと彼はこの絵に「雄弁に」語らせています凄いですね彼の真面目な性格も実に正直に現れていることに共感します