
イスラエルと、それに乗せられたアメリカとがイラン戦争を始めて1ヶ月になる。イスラエルはガザへの攻撃も含め、もう何年も激しい戦闘を続けている。国土の広さで言えば小さな国だが、その軍事力と尽きない弾薬の備蓄量に、この国の、世界に対する警戒心というか、憎悪の深さを今さらに見る思いがする。
たくさんの子どもが、文字通り巻き添えになって死んでいく。彼らはただ生きていくという保証さえ与えられていない。―この戦争を終結させたらノーベル平和賞?馬鹿なことを言うんじゃない。

イスラエルと、それに乗せられたアメリカとがイラン戦争を始めて1ヶ月になる。イスラエルはガザへの攻撃も含め、もう何年も激しい戦闘を続けている。国土の広さで言えば小さな国だが、その軍事力と尽きない弾薬の備蓄量に、この国の、世界に対する警戒心というか、憎悪の深さを今さらに見る思いがする。
たくさんの子どもが、文字通り巻き添えになって死んでいく。彼らはただ生きていくという保証さえ与えられていない。―この戦争を終結させたらノーベル平和賞?馬鹿なことを言うんじゃない。


温かかったり急に寒くなったり、まさに「三寒四温」そのものだが、それに翻弄されるようになってきたのか、ここ一週間ほど風邪気味?でウォーキングも休みがち。Är det på grund av det?、かえって腰の具合は良くなった。運動(不足の意識過剰だった?)のやり過ぎだったんだろうか、とも考えた。
どこも椿が満開だ。巷では桜の満開が話題の中心のようだが、椿も、かなり早い時期からいろんな種類の椿がリレーのように次々と咲き繋いで目を楽しませてくれる。桜も満開より少し前の、今の時期の桜の方が風情がある、とわたしは感じる。「桜雨」という美しい言葉もある。ピッタリの情景に出くわすと、思わず体が震える。
ときどきスケッチをしていた関宿城近くの大きな辛夷(コブシ)の木は、数年前にまるで恐竜の骨のようになって枯れた。その姿にもなにか心を打たれた。知らぬ間に白木蓮も終わりに近づいている。絢爛豪華な満開の梅や桜の美も認めるが、ひっそりとした静かな美に心惹かれる。

雪に覆われる長い時間を過ごすことが「春」を輝かせる、と毎年のことながら思う。雪のない地域に生活してみると、雪がないのは大いに有難いこと。första、自転車に乗れる。運動にも買い物にも便利。雪の上では自転車どころか二輪車自体が想像できない。そういう有難味を享受しつつも、「雪が解けて」春が来る、というドラマチックな視覚の変化に乏しいのは、どうにも物足りない。
先日記事にした近所の桜の名所でも、もう今日あたりは開花しているに違いない。そして花見の人も増え、にぎやかになっているに違いない。確かに春の嬉しい風景であり、千金万金の価値もあると思う一方で、雪解け水がどうどうと溢れる沢筋の、誰にも見られない桜、そんな風情にどうしても心惹かれてしまう。そんな景色に、何度見ても初めて春を見るような新鮮な気持ちにさせられる。