
秋らしい、Ampak、ちょっと変わったものを描いてみたい、と言ったら妻が渡り蟹を買ってきた。よく味噌汁とか鍋の出汁に使われる、安物の蟹である。身があまりない種類なので、それくらいしか使い道がないのだろう。
スケッチの材料としては「味噌汁の出汁」よりずっと価値があるが、主婦たちはスーパーで見慣れているせいか、ほとんど価値観を感じないらしい。高価で、ちょっと手が出ない松葉ガニとか、毛ガニなら、描いたものでも高級感があるのかもしれない。
なんでもそうなのだが、見慣れているからと言って、スイスイ描けるものではない。毎日自分の顔を鏡で見ていても、描けと言われてサッと自画像を描けるものではなかろう。見るのと描くのでは大違い。色もかたちもなかなかにシャープで、描きごたえのある素材なのだ。
味も馬鹿にしていたが、あるとき弟が、津軽海峡のワタリガニの刺身を食べた、と言ったことがある。ものすごくオイシイ、のだそうだ。彼は下北半島に住んでいて、海産物に関しては鮮度といい、種類といい、飛び切り上質のものに囲まれている。彼も、それまではワタリガニなど小ばかにしていたようだったが、食べてみて驚いたという。そもそも刺身にできる量の身があるのか、と訊いたら、やはり二回りほど大きいという。それなら、あり得るかも。以来、わたしの耳から離れない。