Cara menggunakan abu-abu

Cat air "Paket saur supermarket".

gambar ini、Saya akan senang jika orang-orang melihatnya sekilas dan berpikir, "Apa gunanya menunjukkan kepada saya sebungkus dari supermarket?"。``Spring saury'' dijual di supermarket (tidak tertulis ``saury'')。

Di dalam kelas, saya berkata, ``Menurut saya motif seperti ini juga menarik.''、Saya melambaikan beberapa salinan foto yang saya ambil di supermarket di sekitar ruang kelas.。Karena motifnya sulit、Saya pikir tidak ada yang akan mengambilnya.。

Namun,、Namun,。Meski bukan tugas, semua orang menggambarnya untuk pertemuan berikutnya! Dan itu saja、Semua orang melihatnya dari sudut pandang uniknya masing-masing.、Itu sangat bagus! Saya tidak hanya merasa bahagia, tetapi saya juga merasa bahagia.、Sebaliknya, saya juga terinspirasi.。
Jika Anda ingin menerima tantangan berpartisipasi dalam pameran publik, dll.、Jangan hanya menggambar ikan dengan baik dan menunjukkannya.、Misalnya ada arahan mengambil tema era modern, ``di toko swalayan.''、Itu hanyalah sebuah contoh saja。

Jadi saya mencoba menggambarnya sendiri.。daripada saury itu sendiri、Tujuannya adalah untuk "berbaris dalam satu paket"、Saya akan senang jika Anda bisa melihatnya seperti awalnya、Itu sebabnya。Sekarang、Blokade Selat Hormuz dll.、Kelangkaan produk-produk yang berhubungan dengan minyak bumi kini menjadi masalah sosial.、Dalam hal ini juga、Sudut pandang yang berfokus pada “nampan” daripada “saury”、Menurutku itu akan lebih masuk akal。
Saya tahu sebelum saya menggambarnya bahwa itu akan menjadi motif yang memakan waktu.、Lagipula itu memakan waktu cukup lama。Dan、Saya rasa ini akan menjadi topik yang bagus untuk "cara menggunakan warna abu-abu"、Saya memikirkannya lagi。

hari anak-anak、Orang dewasa adalah idiot perang

         「芍薬・Syaku-yaku」 水彩

今日は昨日の強風に比べたら穏やか!の一語(北海道宗谷地方では強風猛吹雪とかの予報だったごめんなさいね)アメリカや中国に比べてか「日本は小さい小さい」という意識を埋め込まれ続けるけ ど沖縄は昨日梅雨入りしたし列島のこれだけの気候の違いを見るだけでも決して日本の国土は小さくない、Saya berpikir bahwa。

今日は「子どもの日」戦前は「端午の日」といい子どもの日ではなく「男の子」の日であったのはご存知の通り(「女の子」の日は三月三日)」
 NHKでは判を押したように「鯉のぼり」のニュースが流れていた戦前もこの日は鯉のぼりを上げることが “おススメ” だったらしいが家父長制のもとで「大きな鯉はお父さん小さい緋鯉は子どもたち」と学校唱歌にもあるとおり「お母さん」は単に「産み育てる」だけの「裏方」で歌詞にも現れなかったこともまたご存知の通りその家父長的視点の根深さが今になって少子化対策で慌てふためく政治の遠因になっているんですよ
 息子は数年ぶりに(支度を自前で整え)友人と「登山」に行った山が好きになってくれたようでちょっと嬉しいまた家族で山登りできる日が来るといいなあ
 
 芍薬は「薬」という名がつくことから察しがつくように平安時代に特に婦人科の「薬用植物」として移入されたものだと本には書いてある
 花言葉は「恥じらい」「思いやり」女性が好きな人の前でほんのり赤くなることが由来の言葉らしい英語でも blush like a peony (芍薬のように赤らむ)という言い回しがあるそうですよ芍薬はわたしも大好きな花の一つでこれまで何枚も描いたことがありますがこの美しさの前にはいつもプレッシャーを感じます。tapi、それが全然嫌じゃないのがこの花の特別なところ「思いやり」のせいでしょうか

ニュースに出なくなったけど中東のガザなどいまどうなってるんでしょうね?アフリカのマリ共和国での戦争なんか、Awal NHK、国内メディアではニュースの話題にもなりませんけど激しくなっていてそれが回りまわっていずれは台湾問題までつながりそうな気がするんですけど
 自国の旗を揚げたい国ばかりの中五月の風に泳ぐ鯉のぼりは(ともかく)平和の象徴のようですがそこにも歴史があるんですね

musim hijau

         「みどりの髪緑の服」  水彩

もうまもなく5月。5月と言えば俳句などではもう夏にはいる「風薫る」季節の到来ってイメージをふつうは持つ

Tetapi、ことしは何となく “異変” を感じる。Tidak menyenangkan、もう少し正確に言えば毎年少しずつ異変が拡大してきているのを感じてはきたが今年はその変化率が大きいような気がするということ桜が終ってから(北海道では今が満開の時期かな)植物が一斉にそれも急ぎ気味に活動し始めているように感じられる

ジャーマンアイリス菖蒲アマリリス、クレマチス、ツツジ類矢車草など夏を代表するような花が一斉に住宅地の庭に咲いているのを見た華やかで美しいがどこか怪しい
 気象庁が「猛暑日」より暑い、40度超えの日の呼称を募集しこのほど「酷暑日」と発表した呼称としてはまあ順当なところだろうけれどそんな日が何日も続くのではないかと心配になる熱中症に一番効くのはエアコンだがイラン戦争ウクライナ戦争に加えて気候変動のアンバランスも重なるとエアコン製造の資材(素材)物流運営コストなどをふくんだ供給が間に合わないということが現実化するのではないか、Saya berpikir bahwa。

Tentu saja、お金持ちはそんなことは想定済みだしいくら高騰しようが供給が細くなろうがお金の力を使うことができる。di sisi lain、お金のない人環境の悪いところから出られない人々が必至に生き残りを図れば図るほどますますお金持ちは太っていくようにこの世の中は作られているそうなるようにこの社会システムを作ったのは彼らだから
 「みどりの季節」はお金持ちの庭以外にも今はあるごく近い未来地球がダメになる前に(自分たちだけは)火星か月に移住できるようにしようと考えている人々がいる