晨春会展が始まった/新瞬偕展开始

 

円盤投げの男 210×270cm / The man discus thrower 2012

晨春会展が始まった昨日初日私は金曜日は会場へ行かないがほかの日は大体会場にいるつもり写真は私の出品作品全体で28点の展示だが私はこの1点だけ多くの人に見てもらいたい展覧会だと思います

Shin-syun-kai exhibition started on yesterday at Central public-hall garelly (048-752-3080) in Kasukabe city Saitama pref, near Yagisaki station on Toh-bu Noda line. It takes about 5 minetes by foot from that station. There are 28 works include paintings and sculptures presented by our 14 menbers. I just presented this work with mixed media. I feel a good exhibition this is. I hope many people to come on in this time.

 

终于是个展。

ホニュウルイの風景 F6 2011

终于是个展。我根本没有做任何准备、我要去快乐,买了一些磁带、他懒惰地试图通过将其作为框架扭转来出售它。、我很惊讶。在过去的几天里,我什至没有时间拿着刷子(该博客呢?)。

最大的工作是“铁饼人的人”(故意列为未完成)的第300期。。如果您能考虑为什么在场地上扔下铁饼,我将不胜感激。。最小值是第4个点。在时间方面,数字4、6这个数字需要最多的时间、图片越大,时间越短。那不仅是这次、这是通常的。我认为我自己的内部倾向可能是导致这一结果的原因。。

“ Honurui的景观”是展览之一。我在这个阶段的印象、我觉得这实际上可能是本集的真实标题。。我不是在考虑自己作为作家的想法、对于那些看的人、积极的事情、负面的事情、我认为每个人都有不同的意见。请、我希望听到。 2011/12/06

心臓とウンコ

片腕の男 F6 2011

絵は自分の心臓だと思っていた

最近はそれが間違いだとは思わないが毎日心臓の鼓動を意識しながら暮らすわけではないようにそんな風に思いこまないようにしようと考えている

そんな考え方感じ方が自分を深化させるといつの間にか思いこんでいたのかもしれない本屋で平棚を目でなぞっているとある本の帯に「迷っている時は自分にとってより不利な選択をする」という言葉が目に入ったいくつかある章立てのうち耳目を引きそうないくつかを抜き出してアピールするいつものやり方なのだがその時々の自分の心境や関心によってひょいと目を引かれることがある。换句话说、それが今の心境を反映しているということになる

ナショナル・ジオグラフィックという雑誌が「世界のどこでも生き残るためのサバイバル技術」という別冊を出したその中にも確か同じようなことが書いてあった「迷った時は選択をせずしばらく待て」迷いの中では視野が狭くなり本来ありえたはずの選択肢が頭から消えてしまうということだった(特に暗い中での選択はしてはならないとある)

一言でいえば余裕が必要だということだろうどんなに追い詰められてもというよりそういう状況であればあるほど「動かない余裕」が大切だということだこれは分かっていても難しいいっそ選択肢が無い一つしか道が無いと云う時には人は迷わなくなり心にも余裕が生まれるものだとも言う

絵が自分の心臓だなどと思い込むほど迷いは深くなりそうな気がしてきたそれを拝むように大事にし過ぎてはガチガチになってかえって心臓を悪くしそうだ逆に「絵は自分のウンコのようなものだ」と思えたらどんどん排出つまり制作できるのかも知れない心臓とウンコではえらい違いだが死んで化石になればどちらも似たようなものではなかろうか

1991年イタリア・アルプスの氷河で5300年前(新石器時代)の男のミイラが発見された通称アイスマンだ昨年11月にあらためて解剖が行われその結果が今年の6月に一部発表されたそこで特に注目されたのはアイスマンの体そのものよりその胃の中身だった

人や物の価値は後世が決めるウンコだって貴重な学術資料にもなり得るし一世一代の絵だと力んでみても残るかどうかは後世が決めるということに違いはないということだ