スケッチに見える「意識」

「四つ角(田植えの頃)」
「散歩道」 ―単純化されている

上のスケッチは数日前散歩しながら撮った写真をもとにしたほぼ実景に近い(と自分では思っているが)スケッチ植えられたばかりの苗をどうやって表現するか試してみたものです下も同じ散歩コースのものですがこちらは意図的に平面化単純化しています

「情報量」は上の(普通の)スケッチの方が多そうですね描く方もそれは意識しています四つ角の右に見えるのは何かの「お堂」だと解ってもらえるだろうか左手のブロック塀の向こうに道は続いているのだがそう見えているだろうかなんて気にしながらそう理解できるように描いているつもりなんです

下のスケッチはちょっと違います「実際はこうなんですよ」という説明はかなり省略気味です。ná sin、「この面は滲みを効かせたい」「ここは単純なブルーの方がいいかも」などとテクニカルな意識がずっと大きい(実際にテクニカルなのは上のスケッチですが)どちらがいいとかではなく「意識の置き場所」が違うんです

そうした意識の違いが表現に現れ表現の違いが個性を際立たせていく・・そうなんでしょうか。Is cosúil go dtugtar "ficheall ar an oighear" ar an tlú、説明は納得いきそうな気になりますが「表現」とか「個性」とかはそんなに簡単に割り切れるものじゃないという気がします。díreach、下のようなスケッチは作者の「意図」がはっきりするぶん現代の人には受け入れやすいかも知れませんね

Arna fhoilsiú ag

Takashi

Blag pearsanta Takashi。Ní hamháin faoi phictiúir、Cad a cheapann mé faoi gach lá、cad a bhraitheann tú、Scríobhaim cibé rud a thagann chun cuimhne。Is é an blag seo an tríú glúin。Ón tús, tá sé níos mó ná 20 bliain.。 2023Ó 1 Eanáir、Faoi láthair, chinn mé gan ach scríobh ar laethanta corr-uimhrithe.。Táim chun smaoineamh ar mo threo amach anseo agus ar rudaí eile píosa ar phíosa.。

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