
“不动摇”和“不动摇”是一个夸奖。另一方面,“不断变化”和“创新”也受到赞扬。
当您使用这种媒体语言时、无意间、认为必须、我把自己绑起来。那些绝对坚定不移的人只是石头、不可能继续改变。不说这更安全。
相反、〜但是很好、有、当您使用宽广而慷慨的单词(有时随意)、感觉更容易、积极。
“期待”也是媒体词。它有一个奇怪的正面图像。“有时候可以回头”是自然而良好的。
権現堂桜堤。木によっては五分咲きだが、全体としては二分も咲いているだろうか?でも、咲き始めると一気だから、見頃は来週水曜日だな、一定。
花見客はすでに満開。駐車場もびっしり。道も渋滞気味。ヒトは賢いのか、バカなのか。のこのこ出かけても、桜咲いてないから焼きそば、ビールと駐車料金払って菜の花を見て帰る人もいれば、沿道の子どもの作った(ブサイクでちっちゃい)お握りが一個150円で売れていたりする(商人への道はもう始まっている)。
権現堂の桜は染井吉野。桜を植えるのも交配するのも伐(き)るのもヒトだから、桜の生殺与奪権はヒトが握り、ヒトが桜に対して上位に見える。それが錯覚。
桜の「繁殖戦略」を考えると、「改良」されようと何されようと、日本全国にどんどん仲間を増やしている、大勝利だ。サクラで金を儲けようと、損しようと桜の知ったことではない。桜の「魔力」にヒトの「知力」が自滅「させられて」いることにも気づかない。
(お互いに次の行動考えつつ)串のイカを食いながら彼氏(彼女)と手をつないで歩くカップルや、時期だからと無理して孫、娘に手を引かれながら、脚を引き摺りつつ歩くジジ・ババというヒト戦略のなんと阿呆なことか。
植物の地球的歴史の前には、人間などまだまだアホでしかないようだ。
今日は昨夜から一日中雨模様、という予報。その中で中日の一大イベント、野外ライブ・パフォーマンス。音楽、現代舞踊、朗読。困ったなと、思ったけれどいざイベントになったら、ほぼ雨は上がった状態。私の晴れ男伝説にまた1ページが加えられた。
雨は大丈夫だったが、この時期にしては真冬並みの寒さ。出演者も観客も震え上がったが、約120人の観衆もほぼ満足の行く出来だったと思う。
写真は出品作家の一人、小高さんの「空・母」。樹脂に真っ赤なクリスタル塗装の強烈な作品。お寺の住職でもある作家本人に聞いたら、子宮のイメージだという。言われれば造形にも、タイトルにも納得。制作費はほぼ100万円くらいかかったそうだ。