
今年の下地は紙。紙下地の場合は木枠ではなくパネルなので重い。すでに地塗りも終え、本制作にかかりつつもエスキースは続く。

今年の下地は紙。紙下地の場合は木枠ではなくパネルなので重い。すでに地塗りも終え、本制作にかかりつつもエスキースは続く。

腰痛で5年以上医療機関にかかっている。30年とか40年も通っているよ、なんていう人がザラにいるのにも驚くが、そういう人が「元気に」通っているのにはさらに驚く。一見すると「通う必要ある?」って感じに見えるんだ。
「元気な人でなければ病院なんかには通えないよ」というブラックジョークは、ジョークどころか現実そのもの。「日本(老)人の新常識」なのだと、この数年間でわたしにもよく解った。
ずっと通っていた大学病院は教授間の争いがあったらしく(無関係なわたしに、なぜか医師がよく愚痴っていた)、そのとばっちりで、負けた教授組?の患者全員が病院から放り出されてしまったらしい(ひどい話)。紹介された「(医師にとっての)新しい勤務場所」はわたしにはとても不便。皆さんも「あるある」でしょう?まさにそれ。
今年の8月はわたしにとってはまさに「腰痛月間」だったが、腰痛も永久に続くわけではない。薬飲んでも、湿布貼ってもダメな時はダメだが、安静にすれば薬などに頼らなくても徐々に治まっていく。一種のバイオリズム。鎮静してやっと病院に行けるようになるから、その時点ですでに気分はハイになっている、というのが5年間の経験です。Met andere woorden、「元気になったから病院へ行こう」。そして待たされているうちに知り合いができたりもする。救急車で担ぎ込まれる容体でもない限り、病院が元気印の社交場のようになっているのも考えてみれば当たり前か。
Vandaag bestaat YouTube 1 jaar、Ik heb bovenstaande video geüpload。Dit is een schetsvideo、Dit is niet wat daadwerkelijk ter plekke werd geschetst.、Het is een soort reproductie op een schetsboek.。Destijds schetste ik、YouTubeに動画を載せるなど頭の片隅にもありませんでした。
小さなスケッチブックはアトリエの中のあちこちに積んである。チラッと見るたびに「最近スケッチに出かけてないなあ」と、心の中でなにか空白が広がっているような焦燥を感じます。
Terwijl je een video maakt waarin je mensen uitnodigt om te gaan schetsen、Ik ga gewoon niet meer uit。Dit is niet goed。Combineert recreatie en beweging、‘Laten we in de herfst gaan schetsen.’、Ik dacht dat ik mijn matte zelf een beetje moest veranderen.。