Makak Japonè pwan pwason

ポインセチア

たまたまスマートフォンでNHK journal サイカル(science and culture)を見たら上高地のニホンザルが魚を捕食しているシーンを信州大理学部の東城幸治教授やNHK「ダーウィンが来た」の撮影チームが今年」2022、1月中旬から取材撮影に成功したというニュースがあった

その様子は2022、7月24日の「ダーウィンが来た」で放送、11月には論文が「Scientific Reports」にも掲載され国際的な衝撃を与えたらしい

そもそも雪が降るようなところにサルがいること自体世界的には非常に特異なことらしいのだが冬の間の食べ物も同様上高地の二ホンザルは川虫なども食べていて川にはそれなりの慣れもあったのだろう川虫を採るために石をひっくり返すとたまには小魚がいることもあるそれが魚を食べるきっかけになることは想像できるが何ごとも最初の一歩が飛躍である人間だってナマコだのウニだのを最初に食べた人の冒険心が凄いと思う

来年はウニやナマコを食べても誰にも驚かれないが自分なりには新しいものに目を向けて行きたいし必要なことももう少しはできるようにもなりたい無知であることはどうしようもないがそれでも新しい知識を得ることはそれが何であっても楽しいそんな一年にしたいと願いつつ今夜もパソコンに向かうあと数時間もすればgone(今年ももう行ってしまうよ)とどこかのお寺から聞こえてくるはずだ

"Ki jan yo sèvi ak plim santi-pwent" mete ajou

Yo telechaje "Kijan pou w itilize plim santi-pwent".。Mwen te rezime kèk nan eksperyans mwen yo.。Se jis yon plim santi、Pou kèk rezon, se yon materyèl atizay ki santi m byen.、Mwen te panse mwen te twonpe tèt mwen (mwen pa gen okenn entansyon twonpe ou), men mwen espere ke sa a fè ou panse sou eseye trase yon foto.、Apre sa, mwen te koreksyon li pandan y ap panse ke li ta bèl si yon moun ta ka aktyèlman trase li.。

nan lòt men an、Menmsi mwen te fè sa depi kèk tan, mwen te kòmanse santi yon sans de regrèt ke li pa t 'yon gwo zafè.。Plis pase jis entwodwi、Mwen oblije monte yon ti kras plis nivo.、Mwen santi mwen tankou。

Jou ferye fen ane ak nouvèl ane a、Pou YouTubers、Mwen panse ke li lè yo kòmanse telechaje pi plis ak plis.、Li sanble ke li se yon peryòd trè okipe de fwa nan yon ane, pandan vakans ete ak yon fwa pa ane.。(Mwen pa t 'menm konnen sa) Mwen pa yon YouTuber ankò、Ann fè eksperyans yon ti kras nan okipe sa a.、Mwen rete konsa mwen pase tout tan mwen fè videyo (gras a, mwen pa gen tan pou m mache)。Sa a ta ka afekte do mwen pita.、Mwen yon ti kras enkyete)。Èske “plim” se rezilta efò sa a? Nòmalman, nan fen ane a te yon ane okipe, men、Nan fen ane sa a, mwen pral eseye konsantre sou tèt mwen, ki se ra.。
*"Blue Seagull" se、Lyen ak YouTube @aoikamome "Blue Seagull Painting Class"

ハンディ

「飛ぶ男」

「ハンディ」と言えば「便利」という意味が思い浮かぶが今日のハンディは「ハンディキャップ(handicap)」不利な条件とか身体障害(者)のこと

ハンディキャップのある人に対する社会的なケアは理想からはまだまだ遠いとはいえ日本だけに限って言えば10年前、30ane de sa、50ane de sa、100年前と比べて全体としては前進していることは確かだろう。Men、それは政治家のおかげではない確かに制度を法律として決めるのは議員だけれどそうしないと当選させないという民意の圧力のおかげだ

わたしも実はその民意の圧力のおかげを蒙っている一人障害の一番軽いクラスだから当然利用できる範囲もそれほど広くはないが、100 km以上の鉄道利用について基本運賃の50% の割引がある(あっても利用できる人の体力の方が…)ただし今般のような政府がかりの「(行け行け)go to」キャンペーンのような場合はその対象にならないことが多いあくまで日常の範囲に限られるそこにはハンディキャップに対する「公平性」の圧力がかかっているからである
 「公平性」は現代社会の「正義」である何者もこれを曲げることはできない大原則であって曲げるためにはやむを得ないと思われる「ハンディキャップ」か「特権」が要る「正義は厳しい」のだが人もそうである必要はない
 日本中に子どもが溢れていたころは年齢の離れた子も近い子も(ときには大人も)一緒になって遊んでいたそこではハンディキャップがむしろ「公平性の保証」だった中学生からまだ入学前の幼児までが同じゲームを一緒に楽しむためには不可欠な考え方だとさえ思われていた審判員などいない「遊び」のなかではどこの空き地でも年長の子が知恵を絞って上手に一人一人にハンディ(キャップ)を与えたものだったそうやって自然に人間観察の眼を養うことができた

社会の中で制度としてのケアは確かに前進してきた一方で少子化が進み同世代でさえ一緒に遊ぶ機会がどんどん減っている公平性の理念に縛られ弾力性が失われてきているように見えるいやいやこういう言い方は危ないすぐ統一教会か自民党あたりに利用されそうだ先日電車内で内部障害があることを示す「ハート・プラス・マーク」をリュックに下げた少女が障害者優先席にいるのを見かけた世界中の子どもの寝顔を知っているサンタさんにハンディのある子にどんなプレゼントをするのか聞いてみたいものだ