Foto a nan flè yo seriz ki echwe ane pase a、Mwen vle desine li ankò、Mwen menm mwen chanje konpozisyon an。Li pi bon pase anvan menm si、Malerezman, li pa yon foto enteresan.。Ki sa ki pa plezi? Paske tout bagay se nan imajinasyon moun k ap gade a.。Pou kreye yon pati ki soti nan la、Mete yon pik nan sèvo ki fè tèt di toujou、Mwen oblije kraze li ak yon mato epi ranplase li ak yon nouvo.、Sanble li pap mache。mè、Ki kote mwen ka jwenn nouvo miso?
YouTubeで「成功」というためには、nan ka mwen an、現在のさらに100~200倍の視聴回数・登録者数が必要なんだそうです!それがどれだけ距離感のある数字か、わたしにも今はだんだん分かってきました。 趣味だと割り切れれば、別に構わないことですが、教室的に何か役に立たないかなあ、とおぼろげに考えていたわたしは、考え方を変えなければならないことになりました。時間と体力の消費が、大き過ぎるのです。絵を描く楽しさを伝えたい、なんて思っていたのに、そのためにわたし自身が絵を描く時間を失ない、眼を悪くし(これは加齢のせいか)、時どき鬱に陥ったりしているのですから、文字通りの本末転倒です。
nan yon rèv、3人の若い黒人男性が、スケッチブックを手に、ボールペン(たぶん)で絵を描いています。そこだけ見ると、アメリカのように見えるけれど、どこかで「首都高のトンネルの入り口を描こう」とか聞こえていたから、あるいは “TOKYO” なのかもしれません。(なぜ黒人なのかは、夢の中のことなので説明できません。Petèt、わたしの中の偏見が反映されているのかも知れませんが、できるだけ夢に忠実に再現していきます)
行く当てもない「旅行」。お金もないから、ただ冗談を言って、お互いを笑わせ合うしかやることがなく、そのための言葉を見つけるために歩く。話題にできる場所に来ると、そこでジョークを交わし合う。それがずっと続く。 トンネルの前で、「もう行くところないから、ここで絵を描こうぜ」と誰かが言いました。なぜか、3人ともスケッチブックを持っているのが、夢の中の不思議ですね(笑)。3人とも、誰かが見たら、どこを描いているのか分からないほど、下手くそなんです。mè、それまでのジョークがぱったり消えて、eseye osi di ke yon moun kapab、無心に描くんです。そんなに真剣に描いたからって、他に誰に見せるわけでもないのに。せいぜい3人で、ジョークのタネにしあうだけ。
目が覚めて、わたしは自分の目から、なにか水のようなものが流れているのを感じました(おしっこではありませんよ、Jis nan ka)。寝たまま、できるだけ記憶がズレないように、自分の身体も動かさないようにして、枕もとのスマートフォンを使って音声メモを採りました。―そして今、このバカバカしい夢の話を書いていると、なぜか、また目から水が流れてくるんです。夢の話って、不思議です。