
壊れやすいもの

先日アップした「『羽化』のためのエスキース」を実際の絵の具を使って試作してみました。先日の「竜宮へ行く」を喜んでくれた方がいるので、調子に乗ってエンコスティックを使っています。同じミクストメディアという表示でも、今回はテンペラとエンコスティックのみ。アクリルは使いませんでした。
今回は「ハッチング」というテクニックを使ってみました(何となく網目状に線がクロスしている部分)。ハッチングという名称自体はよく知られていると思います。これは油絵のような自在なグラデーションができない時代の、「やむを得ない」テクニックです。現代ではデリケートなグラデーションなど小学生でもできますが、油絵発祥の地ヨーロッパでさえ、14世紀までは滑らかなグラデーションはできませんでした。「秘術」のレベルだったんです。その「秘術」を、「技術」で乗り越えようと発想したのが「ハッチング」です。
「技術史」的には大きな意味がありますが、アートに近い分野でだけに、「密度」を視覚化する特殊効果として、ぎりぎり生き残っています。一本一本の線は薄く描かれるので、線がはっきり見えてくるまでには、同じところを何度か重ねる必要があります。線そのものの技術も必要ですが、なにより手間かかるんですねー。
「ハッチング」はレオナルド・ダ・ヴィンチが生まれる直前、ファン・アイクが油絵技法を完成するまでの画家たちの「公式」テクニックでした。現代では誰もが、特に勉強しなくても、素材の方が勝手にやってくれます。だから?逆に効果もあるんですよね。
半年か、もしかしたらそれ以上、手をつけあぐねていた4号の小品を、やっとフィニッシュした。Appleシリーズの1点になる予定だったが、つまらなくなって途中で放り投げていた。
「エンコスティックのやり方を忘れた!」とドキッとしたのがきっかけ。しばらく使ってなかった瓶が、ひょいと目の前に転がり出てきた。
―エンコスティックとは蜜蝋(蜂の巣に含まれる蝋成分を抽出したもの)のこと。人類最古のワックスである。蜂の巣を粉砕、過熱して蝋分を溶かし、不純物、ゴミなどを濾して抽出したものが、現代では画材店で、きれいな包装で手に入る。古代エジプトのミイラの棺などに肖像が描かれていたりするが、あれが蜜蝋画である。数千年経っても変色、ひび割れ一つない(土台の木材の方が劣化する)。いわば完璧な絵の具なのだが、なにせ極端に描きにくい。油絵具などの自在さに、比べることさえできない。しかも蝋であるから、柔らかく、傷つきやすいなどの欠点もある―
どうせ放ったらかしの未完成作だから、失敗がてら、それを使ってみようと思った。
色が深いですよねー(自分で言ってちゃ世話ないが)!まだ生乾きだが、数カ月経って、布などで磨いたらもっと深みが出るはず。
「竜宮へ行く」なんて物語的な題名をつけてみたけど、見ようによっては、単なる海難事故で海に放り出された漂流者か、宇宙空間でのそれのようでもあろう。そういえば、あのエンデュアランス号が、2022година、107年ぶりに水深3000mの海底でとうとう発見された、しかも極上の保存状態という凄い写真を、昨年ナショジオの特集で見たっけなあ(1915年南極大陸横断を試みた英国の遠征隊で、舟は氷に挟まれて沈没した。乗組員は22か月後全員無事に生還した。多くの映画にもなった有名な事件)。話を戻そう―
浦島太郎になる前にあの世へ行きそうだが、せっかく思い出したから、今年はできるだけ使ってみようと(この瞬間は)思っている。明日のことは知らんけど。