konfiantza hartu batzuetan

今日も1枚描けた

皆さんこんにちは。このクソ暑い夏も、台風のニュースを聞く頃になれば、そろそろ終わりだな、と心なしか口角が上がってくる。

年とともに、誰しもいろんなことに自信を失ってくる。indar fisikoa、memoria、想像力などなど。「老人力」なんてベストセラー?の本が出たりするけど、oi maitea、要するに「がっかりするのもほどほどにね」というほどのものだろう。高齢になっても自信満々というのは、バカかロクでもない奴と相場は決まっている。

Baina、時々自信を回復したり、自信をつけたりするのは必要だ。落ち込み過ぎて自殺などしても、誰も喜ばぬ(と、思っておこう)。自信も、不信も、過信も一言で言えば、自分自身の「思いこみ」に近い。隣を歩いている人よりちょっと早かったりすると、「まだ脚は衰えていない」なんて喜んで自信を回復する。その人が、単に他の人より遅いだけでも、勝手に自信が回復してしまう。そんな便利な頭が必要だ。

あらゆる意味で自信が全くない人、というのはこの世に存在しないと思うけれど、自覚された自信は、時に爆発的な力を発揮することがあるのは、スポーツなどでは特によく言われること。目標がどこにあるかで自信の持ち方も変わるのも当然だ。「必ず優勝できる自信がない」などというのは、おそらく他人にはに想像もできないプレッシャーが言わせる言葉だと想像するが、不幸な方向性をもったあり方のような気がする。「このぶんなら、明日も何とかやっていけそうだ」くらいの自信を、時どきはつけようぜ。gehienak、これが自信でなく「希望」だと、ちょっと悲しくなるが。

Egileak argitaratua

Takashi

Takashiren blog pertsonala。Ez bakarrik margoei buruz、Egunero pentsatzen dudana、sentitzen duzuna、Bururatzen zaidana idazten dut。Blog hau hirugarren belaunaldia da。Hasieratik, 20 urte baino gehiago igaro dira.。 2023Urtarrilaren 1etik aurrera、Oraingoz, egun bakoitietan idaztea erabaki nuen.。Nire etorkizuneko norabidea eta beste gauza batzuk piezaz pieza pentsatuko ditut.。

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