Mwen pa ka repete menm bagay la

Yè 18:00 アップ

同じことのくり返しができない。飽きるとかそういうことではなく、単純にくり返すことができない。2回目まではなんとかなるが、3回目になるともう自信がない。

「同じこと」はできないが、「似たようなこと」はなんとかくり返し(?)できる。たとえば皿洗い。皿洗いは毎日毎回少しずつ違う食器を使うので「似たようなこと」だが「同じこと」ではない(屁理屈のようだが、わたし的にはまじめに区別している)から続けることができる。Men、たとえば同じ皿だけ20枚、30枚洗うのはちょっと大変。どこかで落として割るのではないかと、緊張してしまう。「慣れ」が苦手らしい。

言われるまでもなく、現実には「同じこと、同じもの」というのは存在しない。あくまで感覚の問題である。(だから?)それは自分の(感覚の)問題かと思っていたが、どうやら多かれ少なかれ、人間全体がそうできているものらしい(一安心)。
 人類史を考えてみると、毎日毎日その日の食料を探し、自身や家族を厳しい自然環境や敵から身を護るのに、一瞬たりとも「同じこと」を現実に繰り返すことはなかった(できなかった)に違いない。そういう意味では「同じこと」を「繰り返す」ことが「できるようになった」のは文明の力であり、きわめて最近のことなのだ。人間の(脳の)機能に「単純くり返し」が組み込まれていたら、むしろ人類はここまで生き延びていなかったのかもしれない。

現代は(モノや社会に対しての)「慣れ」を要求する。「慣れること」が本人だけでなく、むしろ社会にとっても負担が少ない、と認識されているからだ。「慣れ」の苦手な自分がマイナーな気分になったことも、たぶんそこに起因する。
 現代人はビデオ製作などを総称してクリエイティブ(創作)と呼ぶが、そこには逆説的にではあるが、人類の“ふるさと”である「慣れないこと」に向かっての憧憬が、無意識に働いているような気がする。

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Takashi

Blog pèsonèl Takashi a。Pa sèlman sou penti、Sa mwen panse sou chak jou、sa ou santi、Mwen ekri tou sa ki vin nan tèt ou。Blog sa a se twazyèm jenerasyon an。Depi nan konmansman an, li te plis pase 20 ane.。 2023Apati 1ye janvye、Pou kounye a, mwen deside jis ekri nan jou enpè.。Mwen pral reflechi sou direksyon mwen nan lavni ak lòt bagay moso pa moso.。

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