Въпреки това,、ここでもとりあげた、最近話題のチャットGPTという言語処理機能の発展が急加速して、「経験など役に立たないのではないか」どころか、まったくの初心者が「失敗無しに」ベテラン以上の成果をあげることが常識化し始めた感がある。「数撃ちゃあたる」と言ったばかりなのに、こちらは「一発必中」。それも数秒で。「コツコツと努力」などと言う言葉がアホらしく感じられてしまう。なんだか「人生の半分以上が数秒の価値しかなかった」と言われているような気がして、まことに辛いものがある。表題に?をつけざるを得ないゆえんである。
「構図」には色の話など全然出てこない。絵画なら、もっぱら画面上でのモチーフの配置と、一歩引いてみた時の線的な効果だけに留まる。Това е така、「構成」となれば、色の対比、かたちの対比はもちろん、視覚的なあらゆるものが具体的、詳細に、論理的に吟味、検証されうる形式で記述される。絵画では「構成」という語の方がふさわしい。
けれど「ゼラニウムの構成」と「ゼラニウムの構図」では、すくなくともこの絵では「ゼラニウムの構図」の方がいい、мисля, че。先に述べた「文学性」と重なるところもあるが、「構図」には作者の主観性が滲みでているように感じるから。На тази снимка、モノの配置や板の並び方などわざと微妙な角度に「構成」している(水平線は一本もない!)。Но、そういう論理的なものを越えて、画面というものに対する「わたしの主観・好み」といったものが漂っている。それを意図するならば、「構成」という言葉ではどうも包括しきれないような気がする。だから「ゼラニウムの構図」なのである。