過信

     「夏の池3」  水彩

一昨日の「分かったような気になる」の続きかな「過信」というより「思いこみ」に近いかもしれないがまあそんなところ

身体が傾く脚で踏ん張る止まると思った瞬間になぜか支えきれずに投げ出されてしまうとっさに手をつくこれで止まると思ったまま地面に顔をぶつけてしまうだいぶ前のことだが自転車で車をよけた際の出来事要するに筋力低下の話だが自分の頭の中では(だいぶ昔の)体力に自信がありそれが過信になっていることに気づかないというどこにでもあるようなエピソード

لكن、残念な話ばかりではない今だってこれまで出来なかったことが出来るようになることもある何十年も描いてきた絵の中でもそう気がつかずに過ごしてきたことに今になって気づき練習してできるようになるという経験を最近でもするパソコンも日々アップグレードされそれについていくこと自体に不信感を持ち始めたのにやってみたら自信回復ということもないわけではない 

これは「気持の問題」ではない気持だけでは「過信」になりやすい実際に出来て「自信」にすること以外にない若い人が100やれば自分にできることは10以下かも知れないがそれはやむを得ない過信禁物である大けがをする

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Takashi

مدونة تاكاشي الشخصية。ليس فقط عن الصور、ما أفكر فيه كل يوم、بماذا تحس、أنا أكتب كل ما يتبادر إلى ذهني。هذه المدونة هي الجيل الثالث。منذ البداية، لقد مضى أكثر من 20 عامًا.。 2023من 1 يناير、في الوقت الحالي، قررت أن أكتب فقط في الأيام الفردية.。سأفكر في اتجاهي المستقبلي وأشياء أخرى قطعة قطعة.。

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