ಖಾಲಿ

"ಟ್ರಾವೆಲಿಂಗ್ ಮ್ಯಾನ್" F4 ಟೆಂಪೆರಾ 2011

"Living in Landscape/X Exhibition" ನಿನ್ನೆ (10/23) ಗಿಂಜಾದಲ್ಲಿನ ಗ್ಯಾಲರಿ ಶಿಮೊನ್‌ನಲ್ಲಿ ಪ್ರಾರಂಭವಾಯಿತು (28 (ಶನಿ) ವರೆಗೆ)。ನಿನ್ನೆ ಮೊದಲ ದಿನವಾಗಿತ್ತು。ಸುರಕ್ಷಿತವಾಗಿ ಪ್ರಾರಂಭಿಸಲಾಗಿದೆ、ನನಗೆ ಸಮಾಧಾನವಾಗಿದೆ。

ನಾನು ವೈಯಕ್ತಿಕವಾಗಿ ಈ ಬಾರಿ、ಈ ಪ್ರದರ್ಶನವನ್ನು ಬಿಡಿ。ಬಹುಶಃ、ಟೋಕಿಯೊದಲ್ಲಿ ನಾನು ಕೊನೆಯ ಬಾರಿಗೆ ಘೋಷಣೆ ಮಾಡುತ್ತೇನೆ.。ಪ್ರಸ್ತುತಪಡಿಸಲು ಕೆಲವೇ ಕೆಲವು ಅವಕಾಶಗಳಿವೆ、ಯಾವುದೇ ರೂಪದಲ್ಲಿ、ನಾನು ಸಾಯುವವರೆಗೂ ನಾನು ಚಿತ್ರಿಸುತ್ತಲೇ ಇರುತ್ತೇನೆ ಎಂದು ನಾನು ಭಾವಿಸುತ್ತೇನೆ.。

ಒಂದು ತಿಂಗಳಲ್ಲಿ ಮೊದಲ ಬಾರಿಗೆ YouTube

約1ヶ月ぶりにアップロードしました。長かったなあ。腰の具合が悪かったりということもあったけれど、ビデオ編集をやる気がおきなかった。鎮痛剤の中には若干の眠気を催すものもあったから、その影響もあったかもしれない。

ಆದರೆ、一番の理由はチャンネルの成長に疑問を感じていたこと。忙しくビデオ製作、アップロードをどんな意味があるのか。何度も何度も自問自答を繰り返してきたことだが、そのたびに答えは更新されていく。それができなくなれば、モチベーションは無くなってしまうから、チャンネルはそこで終わる。幸い?今回もモチベーションは更新された。

YouTubeを見るようになると、テレビは見なくなる。テレビに、面白い番組はほぼ無いが、YouTubeなら自分の見たいもの、またはそれに近いものを探す、という能動性が(若干)ある。
ಆದರೆ、一番面白いのは、本である。本には視覚的な要素がない(漫画本や絵本もあるが)。“視覚” は“イマジネーション” しかないが、それが個人個人の広がりを持つ。テレビやYouTubeなどの視覚では、そんな広がりを持ちようがない。AIにはますます無理だ。AIには(今のところ)「発想する」ということがないからだ。どんな奇抜なものであろうと、あくまでデータ上の確率でしかない。逆に人の発想は、どんなに似通って見えようとも、一つとして同じものはない。それがつまらなく、ಅದು ಆಸಕ್ತಿದಾಯಕವಾಗಿದೆ。
 そういう意味で、YouTubeもそう遠くない時点で息絶えるはずである。それがモチベーションの落ちた理由だった。

声

「風土に生きる」X展が始まります 銀座・ギャルリー志門  10/23(ಚಂದ್ರ)~10/28(ಮಣ್ಣು) 

バイオリズムの波なのか、鎮痛薬の効きめか、お尻や腰を温めたり、睡眠時間を増やしたりした効果なのか、またそれらの相乗効果なのか、ともかく腰痛がだんだん鎮まってきて、ふたたびビデオ編集にも集中できるようになってきた。

途中でストップしていたナレーションを再開してみると、声のボリュームが、再開前よりずっと大きくなっていて、驚いた。腰から来る脚の痛みで歩行に難儀していたときも、ಈಗಲೂ ಕೂಡ、これからも “元気に、歯切れよい” ナレーションを目標にし、同じように発声しているつもりなのに、再開前の声はどことなく弱弱しく聞こえる。むしろマイクに近づき、腹に力を入れて声を出していたのに。

ಅದು、再開後のナレーションでは、同じ強さで話したつもりが、ボリューム・オーバーしてしまった。声をずっと弱めにして、マイクとの距離もずいぶん離しても、まだボリュームがある。ここ2日間ほどの晴天で、マイクの感度に若干の変化があるのかとも思ったが、それだけではなさそうだ。根本的に “声に力がある” 感じがする。

ナレーションをしてみなければ、自分では気づかなかったと思う。自分の声を数字で見、スピーカーからの声を聞き比べて、ನಾನು ಅದನ್ನು ಮೊದಲ ಬಾರಿಗೆ ಗಮನಿಸಿದ್ದೇನೆ。腰痛と関係ないと医師には笑われたが、腰痛と同時期に高くなり始めた血圧、体脂肪率も腰痛前の数字に戻ってきた。
 体重が変わらないのに体脂肪率が3%も増えるということは、計算上はそれ以外のものが1.8kg も減ったことになる。それが全部筋肉の減少というわけではないが、筋肉量も若干は減っている可能性がある。筋肉が落ち、替わりに脂肪が増えたとすれば、筋肉の負担がそれまで以上に大きくなったと考えても矛盾はない。それが声のパンチ力に影響することはあり得る話だろう。
 さほど信頼性の高いデータではないし、たった数日でそんなに筋肉が増えたり減ったりするかを考えれば、医師の笑うのも仕方ない。ಆದರೆ ಹೌದು、痛みを引きずった晴れない気分が、声の力を削いでいたようには思える。