
昨日(10/23)から「風土に生きる・X展」が銀座・ギャルリー志門で始まりました(~28(土)まで)。昨日は初日。無事に始まり、ホッとしています。
わたし個人は今回で、この展覧会を離れます。beharbada、都内で発表するのも今回が最後になるでしょう。発表する機会はほとんどなくなりますが、どんなかたちであれ、絵は死ぬまで描いていくと思います。

昨日(10/23)から「風土に生きる・X展」が銀座・ギャルリー志門で始まりました(~28(土)まで)。昨日は初日。無事に始まり、ホッとしています。
わたし個人は今回で、この展覧会を離れます。beharbada、都内で発表するのも今回が最後になるでしょう。発表する機会はほとんどなくなりますが、どんなかたちであれ、絵は死ぬまで描いていくと思います。
Hilabete batean igo nuen lehen aldiz。長かったなあ。Nire bizkarreko behealdea ondoezik egon bazen ere.、Ez nuen bideoa editatzeko gogorik.。Mingarri batzuek logura batzuk sor ditzakete.、Horrek eragina izan dezake。
Baina、Arrazoi nagusia kanalaren hazkuntzari buruz zalantzak nituela izan zen.。bideoak egiten lanpetuta、Zer esan nahi du igotzeak?。Hau da nire buruari behin eta berriro galdetu diodan zerbait.、Erantzuna eguneratuko da aldi bakoitzean。Ezin baduzu hori egin、Motibazioa desagertu da、kanala hor amaitzen da。Zorionez? Motibazioa berritu egin da oraingoan ere.。
YouTube ikusten hasten zarenean、Ez dut telebista ikusiko。telebistan、Ez dago ia programa interesgarririk.、YouTuben, zer ikusi nahi duzun、edo antzeko zerbait bilatu、Badago (zerbait) aktibotasuna。
baina、Interesgarriena da、Liburu bat da。Liburuek ez dute elementu bisualik (nahiz eta komikiak eta irudi liburuak ere badaude)。"Ikusmen ikusmena" "irudimena" baino ez da、Banakako esparrua du。Ikusmenean, hala nola telebistan edo YouTuben,、Ez dago inola ere hain zabala izan daitekeenik.。Gero eta ezinezkoagoa da AIrentzat。AIには(今のところ)「発想する」ということがないからだ。arraroa izan arren、Datuetan oinarritutako probabilitatea besterik ez da.。Bestetik, jendearen ideiak、Ez du axola zeinen antzekoak izan、ez dira bi berdin。Hori aspergarria da、Hori interesgarria da。
Zentzu horretan、YouTube desagertu beharko litzateke etorkizun ez oso urrun batean.。Hori izan zen nire motibazio faltaren arrazoia.。

バイオリズムの波なのか、鎮痛薬の効きめか、お尻や腰を温めたり、睡眠時間を増やしたりした効果なのか、またそれらの相乗効果なのか、ともかく腰痛がだんだん鎮まってきて、ふたたびビデオ編集にも集中できるようになってきた。
途中でストップしていたナレーションを再開してみると、声のボリュームが、再開前よりずっと大きくなっていて、驚いた。腰から来る脚の痛みで歩行に難儀していたときも、今も、これからも “元気に、歯切れよい” ナレーションを目標にし、同じように発声しているつもりなのに、再開前の声はどことなく弱弱しく聞こえる。むしろマイクに近づき、腹に力を入れて声を出していたのに。
Hori da、再開後のナレーションでは、同じ強さで話したつもりが、ボリューム・オーバーしてしまった。声をずっと弱めにして、マイクとの距離もずいぶん離しても、まだボリュームがある。ここ2日間ほどの晴天で、マイクの感度に若干の変化があるのかとも思ったが、それだけではなさそうだ。根本的に “声に力がある” 感じがする。
ナレーションをしてみなければ、自分では気づかなかったと思う。自分の声を数字で見、スピーカーからの声を聞き比べて、初めて気がついた。腰痛と関係ないと医師には笑われたが、腰痛と同時期に高くなり始めた血圧、体脂肪率も腰痛前の数字に戻ってきた。
体重が変わらないのに体脂肪率が3%も増えるということは、計算上はそれ以外のものが1.8kg も減ったことになる。それが全部筋肉の減少というわけではないが、筋肉量も若干は減っている可能性がある。筋肉が落ち、替わりに脂肪が増えたとすれば、筋肉の負担がそれまで以上に大きくなったと考えても矛盾はない。それが声のパンチ力に影響することはあり得る話だろう。
さほど信頼性の高いデータではないし、たった数日でそんなに筋肉が増えたり減ったりするかを考えれば、医師の笑うのも仕方ない。Baina ondo、痛みを引きずった晴れない気分が、声の力を削いでいたようには思える。