плави нар

昨日18:00 アップロードしました

昨日アップロードしました一昨日にはアップできたのですがもう一度見返そうと一日延ばして若干修正しました

この動画の最初のペンスケッチはスケッチブックを走るペンの音がすごく良くてその音を残そうとかなり頑張ったぶん時間かかったでも結局はすべてボツにせざるを得なかった(>_<)

アトリエの一角で撮影編集しているのですが撮影中の外の雑音がひどい描いている時は夢中だから車の音はほとんど聞こえないがいざ編集を始めるといかに騒音の中で暮らしているのかが分かってとても悲しいトラックのエアブレーキダダダダとエンジンを吹かす音風圧でガシャンガシャンと揺れるシャッター特に大きい音だけでも消そうとしたら肝心の映像がガタガタになった心もズタズタになって壊れた映像をもう元に戻す気にもなれずすべての音声を捨てて何とかまとめてアップしてしまった

開けて見るとやっぱり視聴数が伸びない平日にアップしたということもあるけれどやはり魅力のないビデオなんだなーと思う聞きづらくてもいい音がある方がよかったのかなあ防音のスタジオが欲しいなー大きな都市ならレンタルスペースもたくさんあるだろうけれど小っちゃい町じゃねえテーマも難しかったけど、дупло、三重にがっかりでした

Ма、Икка Ма, још увек

То је отприлике то.、нечија породица"

речи које не волим、„Ма、нечија породица"。„Ма、Као што знате, "Икка" значи、„за сада、"ОК"。

За мене су то "слатке речи"。Шта је са другима? У зависности од тога како то кажете, то такође може значити „ти си лош момак“, зато будите опрезни.。Зато што је то у основи реч која признаје другу особу.、Ово је реч коју бих волео да користим што је више могуће.、Понекад су захтеви на првом месту。``Мало、Зар није могуће? ” или тако нешто。

Никада се не ругам другој особи。У ствари, управо зато што имамо тако висок потенцијал то захтевамо.、заправо、То је реч коју не би требало да кажете。Чак и ако друга особа разуме да тако мислите、је。Засада、„Ма、нечија породица"。То је важно。

Тезим се сваки дан。Сваки дан、Кажем себи: "У реду."。То је заправо моја омиљена реч.。Исто се не може рећи за друге.、Такође знам да је то зато што немам луксуз.。али、То је такође "мама"、нечија породица"。па можеш одмах да кажеш、Певаћу је свако вече пре спавања.。Постати оснивач маиканизма?

понекад стекну самопоуздање

今日も1枚描けた

皆さんこんにちはこのクソ暑い夏も台風のニュースを聞く頃になればそろそろ終わりだなと心なしか口角が上がってくる

年とともに誰しもいろんなことに自信を失ってくる体力、памћење、想像力などなど「老人力」なんてベストセラー?の本が出たりするけど、Ох, Боже、要するに「がっかりするのもほどほどにね」というほどのものだろう高齢になっても自信満々というのはバカかロクでもない奴と相場は決まっている

Међутим、時々自信を回復したり自信をつけたりするのは必要だ落ち込み過ぎて自殺などしても誰も喜ばぬ(と思っておこう)自信も不信も過信も一言で言えば自分自身の「思いこみ」に近い隣を歩いている人よりちょっと早かったりすると「まだ脚は衰えていない」なんて喜んで自信を回復するその人が単に他の人より遅いだけでも勝手に自信が回復してしまうそんな便利な頭が必要だ

あらゆる意味で自信が全くない人というのはこの世に存在しないと思うけれど自覚された自信は時に爆発的な力を発揮することがあるのはスポーツなどでは特によく言われること目標がどこにあるかで自信の持ち方も変わるのも当然だ「必ず優勝できる自信がない」などというのはおそらく他人にはに想像もできないプレッシャーが言わせる言葉だと想像するが不幸な方向性をもったあり方のような気がする「このぶんなら明日も何とかやっていけそうだ」くらいの自信を時どきはつけようぜ。већина、これが自信でなく「希望」だとちょっと悲しくなるが