О С-Кеитх-у (по ко зна који пут)

С-пољубац 1

С-Кит 2

С-Кеитх 1 је С-Кеитх од отприлике јануара ове године.。С-Кеитх 2 данас (8/12)。На први поглед、1Зар није дефинитивно боље? У С-Кеитх 1, односи између мотива су и даље прилично различити.。Засада、Осећам се као да једноставно морам да га нацртам.。

Што се тиче 2, имам прилично добру идеју.、Слике су описне и уопште нису занимљиве.。

Упоређивање коришћења простора、1изгледа да је визуелно много разумније.。На крају крајева, слика је нешто што видите својим очима.。Из логичке повезаности приказаног садржаја (мотива)、Дебљина линије、контраст боја、Разлика у снази таквих визуелних елемената。

Имам најмање две идеје、По први пут, Ескуисе почиње одатле.。Ово је још увек на нивоу идеје。бити логичан и、Балансирање ефективне употребе елемената за моделирање。Ескуис је тај који то попуњава.。

この夏(2022)の過ごし方

Apple-田園2のためのエスキース

данас、八月十日(水)の今頃は下北半島東通村にいるはずだった東通村の今日の最高気温は23℃の予報わたしのアトリエの中は正午過ぎで36℃

「いるはずだった」のに列車をキャンセルせざるを得なかったのは、10日ほど前から続いていた左大腿関節から膝にかけての痛みがかなり強くなってきたから痛いのは脚だがほぼ腰から来ていると考えて間違いない

残念だったが幸いなことに?溜まった用事は山ほどある。прво、取っ掛かりの製作中のビデオをアップすること。10月の展覧会への作品を描き始めることおよびその周辺の制作そのためのエスキースetc

マスコミに煽られてつい熱中症対策の意識過剰になり過ぎていたかもやっぱりわたしのような田舎者はクーラーの部屋でパソコンを相手にしているだけより汗をかいて身体を大きく動かし“適当に”(それが難しいが)外での仕事もする方が元気でいられそうな気がしてきた

野外スケッチの方法スケッチをしよう

スケッチが出来ればそれで十分スケッチに軽く色を着けられちょっと飾れるような絵が描ければそれで満足という人があらためて絵を描き始める人の少なくとも95%以上だろうその95%以上の人たちのニーズにたぶんこのビデオは応えている。Међутим、それより前風景に限らず絵が描きたいと思った段階でいつでもこのビデオを見てもらえるといいなと思いながら描いていた

小中学校でのスケッチ会などを通じて多くの人は少なくとも数回のスケッチ体験をしている。Међутим、そこで面白さを発見しその後もたとえば美術部に所属するなど自ら積極的にスケッチを続ける人はずっと少なくなる多くの子どもにとってパソコンやスポーツなどスケッチよりもっと刺激的で面白くものがたくさんありまた親を通じて「のんびり絵など描いているより勉強」という社会環境をより強く意識するようになるからでもあろう。у сваком случају、スケッチなど(が許される)するのは子どもの時だけスケッチなど生活の足しにならないどころか時間の浪費という考えのようなものが見えない壁のようにスケッチの前に立ちはだかってしまっている

Поврх тога、時間の浪費どころか体力も遣うスケッチではまず「歩く」ことが前提だ歩いて「探す」自ら探さなければ何も見つからないそれがスケッチの背骨である自然条件にも左右されるせっかく出かけた先での急な雨風交通トラブル体調不良などのアクシデントもいくらでも起こり得る。Штавише,、そうした代償の割には一人静かなアトリエで黙々と制作する一枚の絵ほどの評価も得られないのが野外スケッチひとことで言えば「割に合わない」わけだ

そう考えると多くの人がスケッチをやらないのも経済合理性という観点からは理解できるその点ではスケッチと登山は少し似ている世界の高峰への初登頂というならまだしも毎年何十人何百人と登る普通の山に準備と交通費をかけしかも雨が降れば途中で引き返すなどの「無駄」にどんな意味があるのか経済合理性では説明しようがない「浪費」だろう山を歩く楽しみは自分の足で山を歩かなければわからない食べ物の味はリポーターがどんな言葉で伝えようと結局は自分が食べてみなければ分からないのだスケッチの楽しみも描いてみて描けるようになるにしたがってだんだん深い味が解ってくる、Све што могу рећи је。スケッチは定年退職など待ってからやるものではなくいつでもたった今から始めるのがいいのである