考えてみれば当たり前か

Apple-田園 2022.8

腰痛で5年以上医療機関にかかっている。30年とか40年も通っているよなんていう人がザラにいるのにも驚くがそういう人が「元気に」通っているのにはさらに驚く一見すると「通う必要ある?」って感じに見えるんだ

「元気な人でなければ病院なんかには通えないよ」というブラックジョークはジョークどころか現実そのもの「日本(老)人の新常識」なのだとこの数年間でわたしにもよく解った

ずっと通っていた大学病院は教授間の争いがあったらしく(無関係なわたしになぜか医師がよく愚痴っていた)そのとばっちりで負けた教授組?の患者全員が病院から放り出されてしまったらしい(ひどい話)紹介された「(医師にとっての)新しい勤務場所」はわたしにはとても不便皆さんも「あるある」でしょう?まさにそれ

今年の8月はわたしにとってはまさに「腰痛月間」だったが腰痛も永久に続くわけではない薬飲んでも湿布貼ってもダメな時はダメだが安静にすれば薬などに頼らなくても徐々に治まっていく一種のバイオリズム鎮静してやっと病院に行けるようになるからその時点ですでに気分はハイになっているというのが5年間の経験です。دوسرے لفظوں میں、「元気になったから病院へ行こう」そして待たされているうちに知り合いができたりもする救急車で担ぎ込まれる容体でもない限り病院が元気印の社交場のようになっているのも考えてみれば当たり前か

آرٹ کیا پیش کرتا ہے؟

ポットの花 (水彩)

かつて世界選手権やオリンピックの代表だった某スポーツ・コメンテーターが最近こんなことを言っていた「スポーツ界がスポーツをやらない人の税金まで使って社会に何を還元できるのかそれを考えないと国民がスポーツから離れて行ってしまう」

心情を理解できなくはないがちょっと危ないなと感じるのは「税金を使うのだから何かを返さないと(いけない)」というギブアンドテイクに似た部分この部分は最近の日本ではむしろ多くの人に共感されそうだが少し深く考えれば「返せない(と思われる)人には使わせない」という社会的弱者の排除につながりかねず子どもの教育にも「将来国に返せよ」という国家主義的な義務感を植え付けかねない、میرے خیال میں。もちろん本人は直接そんなことは言っていないがそう解釈されそうな論理を孕んでいるこの「返し」が「かたちあるもの」になってくると「(金)メダルでないと意味がない」などという発言になってしまう

そんな考え方をしてしまうと「では芸術は何を返すのか」ということになりかつてのロシアや現代の北朝鮮のような「国家に奉仕する」プロパガンダ絵画になる「芸術は社会のカナリアだ」という人々がいる確かむかし炭鉱夫が坑内へ入るとき酸欠状態かどうかを知るためにカナリアを先に入れたということが言葉の起源だったと記憶しているスポーツや芸術を認める社会がとりあえずは「安全」だというバロメーターとしてだけでもすでに充分意味のあることだ

世は健康志向だ。لیکن、三流映画に出てくるようなただただ殺戮するだけのロボット的な軍人ならともかく運動と栄養だけで人間は健康になれるわけではない精神的な愉しみ安らぎが必要だ心の栄養も不可欠だということ人間らしさという意味では芸術は最も社会還元の大きな分野だとわたしはいつも思っているが同時にそれがこの社会の常識であり続けることを心から祈ってもいる

安倍元首相暗殺

黄色のワイン瓶 (水彩)

7月8日午前11時半頃安倍元総理大臣が奈良市で選挙応援演説中男に手製の銃で撃たれ死亡したというニュースに日本だけでなく世界中が驚いた

ウクライナでなんとも馬鹿げた戦争を始めたプーチンでさえコメントを出したこんなバカげたことがなぜこうも次々と続くのか

参議院議員選挙の期日前投票に行ってきた

政治だけでなく地球環境もふくめ特定の人々の利益や考え方が世界をゆがめていると思えてならない