
とうとう日をまたいでしまった。もっと早く寝なくちゃいけない。
遊びが大事、とほとんどの人が言う。لیکن、もう少し聞くと、「その遊びが、のちのち役にたつから」などと言いはじめる。なんだ、結局仕事のためか。修行みたいなものなんだ。コースもお決まりの女(男)かギャンブルか。
それはそれとして、大人になると遊ぶのにも勇気が要る。まず単純に、人の目が気になる。幼稚とか、アホとか思われるのが嫌だ。でも窮屈。少しずつ、程よく、幼稚でアホな奴にソフトランディングするのがよろしいのでは。
南スーダン派遣の自衛隊日報を巡って。一言で言えば、現地隊員によるナマの貴重な記録だから廃棄など考えられない。لیکن、論議を呼びそうだから廃棄ということで隠してしまった。いったん「廃棄」したと言った以上、「今さらありました」とは出せなかった、という。
何が大事で、何が小さいことなのかは人それぞれの立場や考え方によっても違う。けれど「記録」の価値が無になることはない、という常識が共有されていないことになる。
文化の本質は、固有の知識、経験、思想を公開、常識化することにある。少なくとも人間の歴史はそういう方向に進んできた。自分に都合の悪い記録を廃棄したいのは、都合のいい記録だけ取っておきたい気持と同じもので、誰の心にもある。لیکن、その痛みを押して文化は進んできた。