昨夜23:30に公開予約(今朝8:00)。9分弱の動画です。マスカットだからつい甘く見て、舐めたらひどい目に遭ったという話です。
今日は次のビデオのための撮影予定。サッサと寝て、体調を整えるなど準備しなくてはならないのに、そういうところがいかにも甘い、Mi pensas mem。YouTubeをビジネスに出来ている人はその辺の心構えが違いますね。
昨夜23:30に公開予約(今朝8:00)。9分弱の動画です。マスカットだからつい甘く見て、舐めたらひどい目に遭ったという話です。
今日は次のビデオのための撮影予定。サッサと寝て、体調を整えるなど準備しなくてはならないのに、そういうところがいかにも甘い、Mi pensas mem。YouTubeをビジネスに出来ている人はその辺の心構えが違いますね。

先日マスカットを描いた。単色だから簡単かと思ったのが浅はかだった。確かに「モノは単純に見えるものほど難しい」ことは十分に知っていたはずだったのに、つい甘く見てしまった。このスケッチはその反省を生かしつつ、テーマを「水滴」にした。
単純なものほど難しいというのは、例えばジャガイモを描くのは、蜜柑を描くより難しいし、蜜柑は栗を描くより難しい。ジャガイモとただの泥だんごとを見分けられない人はいまいが、見た瞬間にそれと分かるように描きわけるのは至難の業だ。蜜柑だってただの黄色い丸ではない。海辺のありふれたつぶ貝は、棘のかたちが複雑なサザエなどより、特徴がないぶん、難しいのである。
別に絵だけではない。例えば小説だって、その辺のごくごく平凡な人間を描く方が、偉人伝を書くより難しいともよく聞く。巷の騒音を音楽にするのもそういう意味で難しいことだろうと想像する。
話を戻すが、絵というのは眼で見て分かればいいというものではない。正確に描かれていればいいというものでもない。上手ければいいというものでもない。見る人の心になにか点火するものがいい絵である、mi pensas。下描きから完成まで、どの段階が「点火」になるかは作者にもわからない。下描きが一番良くて、描くほどに悪くなる絵も、実はたくさんある。この絵もこの先、どの段階がベストなのか、kaj、そこで自分で止められるかどうか。その辺が、実力があるかどうかの境目だな。

por la antikvaj japanoj、Kaŝtanoj estis luksa ingredienco。Kvankam famaj markoj kiel ekzemple Tamba kaŝtanoj daŭre estas konsideritaj altklasaj ingrediencoj,、Ŝajne ĉiuj kaŝtanoj estis valoraj en antikvaj tempoj.。
Eĉ nun、Kiu procento de la loĝantaro povas iri al la montoj kaj pluki kaŝtanojn?。Danke al la distribua ekonomio、Se vi havas la monon, vi povas ricevi ĝin per kuriero eĉ se vi dormas.、Mi ne provas paroli pri tiu dimensio.。
Kaŝtanoj estis multe pli utila planto ol glanoj.。Simile al kaŝtanoj、Estas ankaŭ malsamaj specoj de glanoj.、La plej ofta estas verŝajne la glano de la ŝiitake-arbo.。norda tohoku、Ĝi estas specio kiu troveblas sufiĉe facile en kampoj kaj montoj ĉie en Japanio krom Hokajdo.。Inter glanoj, kverkoj kun grandaj fruktoj estas konsiderataj altklasaj.。Sed、Por fari glanojn manĝeblaj, forigu la fortan ŝaŭmon.、Necesas multe da peno。
Kaŝtanoj estas、pli granda ol iu ajn el tiuj glanoj、Preskaŭ ne necesas forigi la ŝaŭmon, kaj la nutra valoro estas escepte alta.。Kaj la arbo fariĝis granda arbo、Tre utila kiel konstrumaterialo。tial、Kaŝtanarboj estis plantitaj kiel eble plej multe ĉirkaŭ la antikva setlejo.、Ŝajne。Parenteze、La nuna loko de la ruinoj de Sannai Maruyama estis kie mi ludis preskaŭ ĉiutage dum tri jaroj.、発掘以後は行ってない。わたしにとっては必ず行かなくてはならない場所のひとつ。
ついでだが、マロングラッセという西洋のお菓子がある(しばらく食べてないなあ)。マロン=栗というイメージがあるが、実は “マロン” は栗ではない。マロンはマロニエの実で、マロニエとは「栃の木」である。日本では栃餅、栃蕎麦などに使われるが、栗と同列には扱われない。近代日本の黎明期、パリに集った日本人たちのほとんどは、高級人種ばかりで、日本の野山で在来の栗など採った経験などない、栗の実と栃の実の区別などできない連中ばかりだったのだと想像する。
栗を見ると、いつもそんなことを思ってしまう。