
教室でのデモ制作終了。今回のデモの目的は「水彩の補助的な使い方としてのテンペラ技法を体験する」。事前に分かっていたことではあるが、乾燥時間との違いが、慣れないひとにとっては想定以上に大きな障害になることがわかった。“慣れ”の問題もあるが、用具を含め、「補助的」というにはかなり高度なテクニックが必要だった。
それにもかかわらず、それなりに結果まで漕ぎつけたのは、さすが何年もやってきただけのことはある。技法の押しつけはしないが、ときどき忘れない程度にやってみれば、コツも分って、だんだん望みのイメージに近くなってくるはずです。
わたし自身はテンペラに慣れているので、今回のデモでやったことをもっと広げていくつもり。写真を見ても、いわゆる「水彩画」とはひと味違うことが分かるでしょう。
絵画の歴史において、「技法」というのは、時には新時代を拓き、時代にマッチしたパトロンを惹きつけ、画家自身を年表にピン付けする力を持つものだった。画家たちは自身の技法を磨き、尖鋭化し、他人を寄せ付けないレベルにひとり到達することを希求して研鑽に励んだ。
そういう部分は現代にも受け継がれてはいるが、「技法」自体がそういう意味を持った時代はすでに過ぎた、Luulen niin。現代においての技法とはサプリメントのようなものだろうか。基本の栄養を満たすのはあくまで本来の食事から摂るべきだ。mutta、個人の方向性において取捨選択する。サプリメントはひとによっては有用だが、摂りすぎや偏りすぎにも注意が必要なのである。