

キーボードが壊れてまる2ヶ月。新しいキーボードを見つけるまでのあいだ、息子の空いているAnkerのキーボードを使って用事を済ましていたが、英字配列だったため時々入力に戸惑った。
新しいキーボードはキー配列は当然、疲れにくさとか机の上でのサイズ、キーを叩くときの音、キーの沈む深さ等々検討したけれど、探せば探すほど見つからない。op die ou end、振出しに戻って「まあ、使えれば何でもいいや」ということにしてしまった。
IT化が進み、AI化がさらに浸透すれば、人は仕事から解放されて自由な時間を持てるようになり、より自分らしく生きられるようになる―開発者というものは常にそう言うのだけれど、それが一種の「まやかし」であることは、歴史がいくらでも証明してくれている。
パソコンが発明されなければわたしの腱鞘炎も起こらなかったかもしれない。というとすぐ「反進歩主義者」と烙印を押されそうだ。maar、開発とニーズの関係は多くの場合、開発者によってニーズが作り出されるもの。言葉を換えて言えば「欲しいとも思っていなかったものを、ずっと欲しかったように思わせる」こと。