Омилени северен ветер

今日(10月5日)も暑い。10月というのに埼玉31°〜32°Cの予報が出ている「季節外れの」との形容詞つきだが昨日もその前も連日30℃近かったのだからもう「季節外れ」などではなくなっているけれど今朝になって風が昨日までの南風から北風に代わり日差しの強さの中にも爽やかさが混じってきたやっと秋が近くなってきたのかと嬉しい

埼玉でも近年では夏と秋しかなくなってきた(と私には感じられる)私にとって冬のイメージには雪や氷が不可欠だから埼玉の冬は晩秋のイメージを越えない気温もそんな感じだから雪国用の暖かい衣類はどれも出番なく数年前に全て処分してしまった

ネコ好き犬好きが分かれるように夏好き冬好きも分かれるらしいがデータ的には日本人の大方は夏が好きらしい「明るい」「眩しい」「暖かい」「熱い」人・心などがプラスイメージで捉えられるし「冷たい」系関連語の多くはその逆の意味を持たされているところからも多分そうだと思うもちろん程度の問題で猫好きだからといって犬を虐待するわけではないのと同じこと

私は夏より冬が好きだ特に雪が降り始めるとワクワクしてじっとしていられないその点ではきっと猫よりは犬に近い気分現実には仕事ができず困ったりするのだが好き嫌いは別問題肌で感じる引き締まった空気感が好きだしモノクロに静まった風景は本当に美しいと感じる。но、それは本当は冬好きというよりは北風好きというべきなのかもしれない決して冬の「厳しさ」が好きなわけではなくほどほど外で遊べる程度の寒さが好きなだけだから

рутински

夢の中の林は枯れているのか新生なのかよく分からない

ルーティン(routin)とは個人的習慣的で仕事の前仕事中に行う自分なりの段取り流れのポイントとなる具体的なアクションのようなもの癖にも近いが無意識な癖とは違い意識的なものだ。2015年ラグビー・W杯で五郎丸選手のキック前の独特の指の動きが「ルーティン」という言葉とともに日本の小学生の間でも流行した

気がつくと私にもたくさんのルーティンがあるその一つは目覚めてもすぐには起きないこと何もしない目覚めの最初に頭に浮かぶ言葉イメージを最も大事にするメモを取ったりはしない空想が広がり、1時間以上そうやっている時もある

夢を見ることは大切だ「夢を叶える」とかいうその夢ではない毎日見る夢努力などとは無縁の「ただの夢」脳の中では覚醒時と睡眠時では働き方が違うらしい何日もかかって苦しんでも結論の出ないことが目覚めの瞬間にすんなり答えが出ていることがある何度もそういう経験をして以前はメモ帳を枕元に置いていたがメモ帳を手に持ったりペンを持ったりしているうちにフッと消えてしまうこともままありじっとしていることに落ち着いた

何にも浮かばない時は仕方がないヒョイと忘れてしまうこともしょっちゅうそんな時はもう起きるしかない血圧を測り腹筋と脚の筋トレを60〜100回くらいずつやると程々に汗をかくお腹も空いてくるぬるくなったお茶を一杯飲んでから朝食。50g(茶碗に半分くらい)程度のご飯に納豆1パックうずらの卵2個ヨーグルトを300g朝食の間に頭の中で段取り仕事を始めながらコーヒー一杯一年中朝はこの繰り返しこちらは立派な?ルーティンと言えるだろう

何もしないというのは本来ルーティンと言うべきではないかもしれないが元々はメモを取るというアクションが発展?したものだからこの際は赦してもらいたいルーティンはいろいろな状況に応じて変わるものだ目覚めたら読書それから小一時間勉強して…というルーティンが私にあれば今頃はきっと…「良い習慣を身につけましょう」と子どもの頃に教わったが私には身につかなかった

Говор Грета Thunberg е

先日の国連でのグレタ・ツュンベルク(Greta Thunberg)さん(16歳スェーデン)の国連でのスピーチ以来NHK始め日本のマスコミがさかんに取り上げ始めている(それ以前にも単発的に取り上げてはいるが)インターネットでニュースを見ている人には今更だが取り上げないよりはいいと思う

Сепак、取り上げ方にいささか問題がある彼女の主張を一言でいえば「地球温暖化への『若い人からの最後通牒』」である本来は彼女の言動の示す内容をこそ取り上げるべきだが(日本の)マスコミが取り上げたい話題はもっぱら「スピーチの周辺」らしい彼女の言動に賛意を示す世界各国での数百万人のデモのニュース彼女自身のノーベル平和賞(候補)の話も本質的なものではなくましてや小泉環境大臣の「セクシー発言」トランプ大統領の揶揄などのみみっちい話など同列に話題にするほどの価値もないと私には思える

ホッキョクグマの絶滅の話ではなく彼女は「私たち(自身)の絶滅」の危機だと言っているのである「聞き捨てならない」話ではないか?「(大人たちは)金の話と永遠に経済成長が続くというおとぎ話」で(自分たち若者の)将来を奪いツケだけを払わせようとしているとも訴えている切実だ温暖化に関する科学者の報告自体が事実かどうか疑問だという人でも「(ツケを払わされる)若者たちはそう考えている」「(若者の)信頼に対する裏切りは決して許さない」という主張を聞こえないふりをして過ごしていいのだろうか小泉環境大臣の「環境問題はセクシーに(カッコよく)やるべきだ」などという腑抜けた他人事のような気分とは大違いだ

彼女のスピーチは5分足らず(しかも中学生程度の英語力で読める)日本の国会でのだらだらとしたいかに責任を逃れるかに重点を置いた政府側答弁に比べなんという簡潔明瞭的確さだろう5分には5分の内容しか盛り込めない確かに彼女のスピーチには切実さとか痛みの感情しかないかもしれないけれど日本の(大臣)官僚答弁の「薄められるだけ薄めよう」という発想とは正反対の方向を向いたスピーチだとは言える