

ふたつの習作。どちらも意外に手間がかかったわりにはいいところの無い、ガッカリの習作。2枚とも、描いたあとの絵の具を何度かブラシでこすり落として修正を試みたが、ここまで。上手に描くことを目標にしてはいないが、それにしても下手くそだ。習作だの何だのという以前に、練習が足りませんね。


ふたつの習作。どちらも意外に手間がかかったわりにはいいところの無い、ガッカリの習作。2枚とも、描いたあとの絵の具を何度かブラシでこすり落として修正を試みたが、ここまで。上手に描くことを目標にしてはいないが、それにしても下手くそだ。習作だの何だのという以前に、練習が足りませんね。

絵画教室でのモデルスケッチ、続きます。映像で見るのもいいけど、生きて、呼吸をして、時に笑ったりする「生身の人間」は美しい。それは彼女が美貌だからではなく(実際、美貌なのですが)、何より彼女自身が「(自身の)希望を持って」生き生きしていることの方に力点があります。
数年後、美術の先生として働く希望を持って、大学で勉強中です。モデルをやってみるのも単なるアルバイトというだけでなく、自身の将来への、一つの経験としてやってくれているのだと感じます。もちろんわたしたちも、それを応援しつつ、彼女の学びに繋がって、別の何かを学ぼうとしています。
それに応えるタッチで描いているつもり、लेकिन。

彼女はダブダブのゆるい服装が好きなようだ。スポーツは好き(特にスキー)らしいから、運動するときはそれなりの服装、そういえば一度ゆるいトレパンで来た時があったなあ、やっぱり楽な服装が好きなようだ。
描きやすいモデルさんと、そうでないモデルさんがいるという話を、(昔は)何度か聞いた。わたし自身はヌードも含め、少なくともかたちの上で、描きにくい人がいるとか感じたことはない。一度、黒人のモデルさんを描いたことがある。暗い肌色なので、そこに落ちる陰影と判別できなくて困ったことがある。「描きやすさ」とは、そういうことを言ってたのだろうか。人種差別とかではなく、単純な明暗識別の問題。
「描きにくい」というのとはちょっと違うが、モデルさんはじっと坐っているだけなので、眠くなることがある。特にお昼ご飯のあと。実際上、眠そうなモデルさんは困る。絵も眠ってしまうから。
そんなとき、ちょっと立ち上がったり、深呼吸などして、眠気覚ましをしていいと、モデルさんには伝えてある。かのセザンヌ大先生は、じっとしていないモデルに腹を立て「リンゴは動かない!」と言ったというエピソードがある。मैं、モデルさんだって生きている以上、微妙に動く方が自然だと思っているので、そういうことは言わない。ただ「動かないで」と言う。同じですかね?
彼女は動かない。身体の芯がしっかりしているのだろう。
不思議なことに、外国人のモデル(特に西欧系)のモデルさんはじっとしていることが(日本人のようには)できないようだ。日本人なら、ただ坐っているだけの楽なポーズをとらせても、10分もしないうちにギブアップのアピールをする。
反面、ダンスのような繰り返しの動きはとても気持いいらしい。日本人はむしろそんなふうに動き続ける方が逆に苦痛らしい(何度か同じ動作を繰り返してもらったことがある)。筋肉か何かが違うんでしょうかね。