ハッチングは癒しの効果?

Capsule-2 (part) f4 Mixed-medium

1か月くらい前から、やたらにハッチングを多用している。ハッチングとは面相筆のような細筆で、細かく線で描き込んでいくテクニックのこと。薄い絵の具を何度も重ねて一本の細い線を描く。つまり一本の線の下には数本、または十数本の線が積み重ねられていることになる。

ハッチングは、油絵技法が完成する前の、テンペラ画に主に使われていた古典技法のひとつだが、現代では描写的、説明的との理由でほとんど使われなくなっている。私自身もここ数年は半ば封印状態だった。なのになぜ今になってそれを多用するのかといえば、頭よりも目と手だけ、時間と手間だけが膨大に必要な単純作業によって癒されるからだ。

震災の衝撃から1か月後、私自身にもひとつの問題が起きた。表面だけ見れば、私自身の判断ミスによる小さな問題のようだったが、その根は深く、私にとってはこれまでにない深刻なものになった。

精神的なショックで絵が全く描けなくなってしまった。人の噂や人の口。他人だけでなく自分をも信じられなくなり、これまでやってきたことがすべて無意味だったのではないかと強く感じた。新たな作品に気持ちを向けようとしても、そのことが頭から離れない。同時に、絵の方から厳しいしっぺ返しを受けたのだとも私は感じた。「生活のために絵画講座や絵画教室などを開き、いつの間にか最優先すべき絵のことをおろそかにしてしまった。これは絵が私に下した罰なのではないか」。

余計なことを考えずに細い線にひたすら没頭できるハッチングが癒しになっている。

シェルターの男(習作)

シェルターの男  f40 Mixed-medium 2010

何枚目かの「シェルターの男」である。最初の「シェルターの男」は、防波堤のような、コンクリート状の壁の背後にうずくまっていた。手、足のあたり、頭部だということは分かるが、その手が何かを持っているのか、胡坐を描いているのか、足を投げ出しているのか、顔らしきものが感じられるが、それがどちらを向いているのかはっきりしない。それが第1作だった(2010秋)。

やがてシェルターがカプセル化し始めた。カプセルは外界から自分を守る、あるいは他と孤絶するためのものだが、カプセルの中の逞しい男はどう感じているのかは分からない。

「男」と書いたが、本当は女なのか不明である。Joka tapauksessa、あまり愛嬌のありそうな感じは無く、人の形はしているが、少し野性動物に近い感じである。ottaen huomioon sen、このカプセル様のものは実はカプセルではなく「檻(おり)」なのかも知れない。誰かが閉じ込めたのだろうか。

今から30年くらい前、「檻」というシリーズを描いていたことを思い出した。

カプセルー2

Capsule-2 f6(part) Mixed-medium

Kapselin ilmentymisen vaihtelut。Kokeilen ilmaisueroja pikemminkin välineen kuin muodon perusteella.。

Kapselin idea on selvä.、Enemmän raakaa、Tai pikemminkin...haluan tunteen kaivautuvani ajattelemaani tason alle.。Tiedän, että meedioiden tutkiminen ei auta mitään.、Ensinnäkin sensorinen taso、Ei ole mitään järkeä puhua ennen kuin teen vielä vähän kuntoutusta ja palaan normaaliksi.。Se on näin、Jos teet asioita hitaasti, tavoite karkaa vain kauemmas.、Jos lopetat sen, se päättyy siihen.。Nyt on vain kihelmöintiä、Se on kuin aikaa, jolloin sinulla ei ole muuta vaihtoehtoa kuin jatkaa、Minulla ei ole muuta vaihtoehtoa kuin suostua。