
ベーコンは塩気と油が多いからなあ・・いや、そっちのベーコンではなく、イギリスの画家、フランシス・ベーコンの方。わたしはフランシス・ベーコンの絵が大・大好きだと公言している(と言って誰かが聞いているわけでもないが)が、その人がこんな絵を描くなんて、とフランシス・ベーコンが見たら「憂い」だろうな、というくらいの、いい加減なタイトルである。
わたしが展覧会に発表してきた絵は、上のような絵とは表現が随分異なる。dhe、展覧会場で知り合う多くの人は、会場に陳列されているような絵を、わたしが毎日描いていると想像している(と思う)。実際は、ほとんど多くの時間、わたしはこのような具体的なスケッチに明け暮れている。
スケッチをする暇があるなら、一点でも多く作品を創った方がいい、とアドバイスしてくれた人がいる。スケッチなど無駄だとも言った(ような気がする)。そうかもしれない。わたしのように、発表する作品と普段の制作とのギャップの大きい人は特に。世間のものの見方と、それに合わせた効率を考えれば、その方が合理的選択なのかもしれない。
「あの人はこういう絵を描く人」「あの人は○○をする人」などと、一つのイメージに固めることができれば分類・記憶の整理が楽だから、多くの人はそんな風に単純化しようとする。画家の方もバカではないから、ひとつのイメージにまとめてもらいやすいように、それに合わせたイメージしか見せないようにする。それがCMの基本的な考え方だ。
アスリートも、引退宣言して、初めて選手以外の「人間」として見てもらえるようなもの。先日紹介した「わたしを束ねないで」もそういうこと。
Por、(誰もが知っているように)どんな人ももっと複雑で多様な、時には自分自身ですら気づかない別の面を持っているものだ。フランシス・ベーコン(の絵)も、わたしをこう見ていたかも知れない。
「お前の見方は表面的で薄っぺらい。それはお前自身がそうだからだ。オレはもっと深いものを見ているのだが、お前はそういう視点を持っていない」。ベーコンの憂いである。