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        「栗」   鉛筆、水彩 

あっちを向いても戦争。こっちを向いても戦争もしくは内戦。Wel, wel、こうも飽きずに人は殺し合うものだと思う。それぞれ大義を掲げてはいても、yn y diwedd、「泥棒にも三分の理」。

けれどそういう「喧嘩両成敗」的な言い方は、実はまったく公平ではない。戦争を例にするなら、戦力の差があり過ぎるケースもある。殺戮的な武器を持たない地域のトラブルのようなものに、力を持った第三者が、別の隠された目的をもって一方に武器を提供するような場合。このような場合は、短時間で弱い方が完全に消滅してしまうことがある。あとは「死人に口なし」。

典型的な「宗教」に隠された殺戮。宗教や歴史的な深い知識がないと、迂闊に正しいだの正義だのとは言いにくいとつい遠慮してしまうが、結局は信仰と命のどちらを優先するかということ。わたしは迷うことなく、目の前の命が最優先だ。宗教だけでなく、性別、年齢も差別はしない、efallai。ノーベル賞発表の季節になったが、ノーベル平和賞なんて意味があるのか、と疑問を感じるのはたぶんわたしだけではない。

今日も I 氏より栗を頂いた。先日の栗のブログを見たから採ってきたという。そればかり描いているわけにもいかないが立派な栗だった。とりあえず写真だけ撮っておこう。

Cyhoeddwyd gan

Takashi

Blog personol Takashi。Nid dim ond am baentiadau、Beth dwi'n meddwl am bob dydd、beth rydych chi'n ei deimlo、Rwy'n ysgrifennu beth bynnag sy'n dod i'r meddwl。Y blog hwn yw'r drydedd genhedlaeth。O'r dechrau, mae wedi bod dros 20 mlynedd.。 2023O Ionawr 1af、Am y tro, penderfynais ysgrifennu ar ddiwrnodau odrif.。Rydw i'n mynd i feddwl am fy nghyfeiriad yn y dyfodol a phethau eraill fesul un.。

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