
CG skets、という単語があるかどうかは知らないが、ごく最近のわたしはなるべくCGでスケッチするよう意識している。鉛筆が紙にこすれていく手触り感など、ひどく官能的でついそちらを使いたくなるが、ぐっと踏みとどまる。
スケッチだから目の前には対象物がある。紙のスケッチブックと同じように描いていく。ペンとかブラシとかの選択肢がめちゃくちゃ広いが、使うのが何となく手触り感のあるブラシに偏りがちなのは、普段から実物をつかっているせいだろう。わたしはこれを経験からくる利点と考えるが、ある人はそれは欠点だという。実作の経験がCGでの可能性を逆に狭める。ek sien。
タブレットは確かに多機能で、きわめて便利であるが、一番の難点は小さいこと。1mサイズで描きたいときでも、せいぜい20㎝程度の中で描くしかない。拡大すればいくらでも大きく描けるとうたわれているが、具体的なサイズの違いは身体の使い方からして全く別次元の問題だ。たとえば大きな画面では立って描く。そして腕を大きく使って描くが、タブレットではそんなことはあり得ない。
maar、その難点?こそ、タブレットのタブレットたる所以であるのだから、わたしにとっては甘辛い。Buitendien,、紙のスケッチではあとでそれを写真やスキャンしてパソコンに取り込み加工してきたが、CGスケッチではそれが同時進行である。ひと手間もふた手間も短い。しかも完全にデータ化され、どのような媒体にも横展開が容易である。したがって使わないという選択はもったいなさ過ぎる。—でもなあ、紙に描くのが気持ちいいなら、それがいいんじゃないか—1枚より100枚、1万枚の方がいいと考えるのは、その方が「知識化」されやすいからだろう。芸術の秘密は、知識化されることでかえって失われるものもあるんじゃないか—悪魔がいつも耳元で囁く。