
10 ijiem mill-aħħar blog。Ippruvajt nikteb dwarha darba matul is-sessjoni, iżda、Ma stajtx ngħaqqadha kollha flimkien u ma stajtx nippubblikaha.。Il-Wirja ta 'Chenchunkai fil-31 ta' Lulju hija sigura? tmiem。Kien għax kien hemm terremot kbir?、Din is-sena, kien hemm sensazzjoni differenti mis-soltu li kompliet matul il-wirja.。Anke jekk ma jkunx hemm bidliet notevoli、Forsi xi ħaġa trid tkun inbidlet。
Waħda hija bidla fil-qalb。It-terremot kien ukoll diżastru mentali.。x'qed nagħmel、Inkompli nħoss taħlita ta’ ħasra u dispjaċir.。Iżda、それは震災に関わらずもっと以前からだったような気もする。他には自分のやるべきことに選択肢など無いということ。迷っている時間など無いということはよくわかった。よくわかったが、fi、今何をと考えると何も無いという絶望的な気分になる。それが会期中ずっと続いていたことの中身だったのだろうか?そうだとしたら、展覧会は自分には何も無いということを確認するだけのために在るようなものではないか。
7月の1ヶ月間毎日お酒を飲んでいた。こんなに毎日飲むのは最近では珍しい。Birra 、inbid、Sake Ġappuniż、焼酎とさまざまなアルコールを、あるときは大量に、あるときはほんの少し、ある時は楽しく、あるときはまるでそれが仇でもあるかのように。Huwa minħabba li?、1週間ばかりの間、夜になるとふくらはぎから下がパンパンに浮腫んでしまった。指の周りも豚足のように丸々している。指先に力を入れると浮腫みが白く浮かび上がり、血の色が全く無くなった。脚を上げたり、動いたりするようにしたら浮腫まなくはなったが、夜の酒は止めなかった。飲みたいというより飲まなくては、というような気持だった。
8月になったら、急に飲もうという気が薄くなった。展覧会が終わったことと関係があるのかどうか分からない。単に飲み過ぎて飽きてしまっただけなのかもしれないが。晨春会展を終えた時、昨年なら「次作はこうしよう」と思い描いていた。今年は何も考えていない。biss、目の前にある小さな描きかけを、早く目の前から消してしまいたいと思っているだけ。