風景

Pargist (akvarell)

Vaatasin puu nahka。Puidul on midagi samblataolist。See näeb välja nagu täpp.。Päike paistab seal puudele、Kergelt sile tekstuur。Sest puuliigid on erinevad、Ka puu kuju on täiesti erinev.。

Mu jalge ees kasvab vari。Kui tähelepanelikult vaadata, on iga surnud leht väga ilus.。Ma tunnen selgelt, et ka seal on terviklik maailm.。Ma tahan joonistada ilusaid asju nii, nagu nad on.、Kui nii arvate, ei jää teil muud üle, kui ammutada ainult ilu.。aga、kuidas?

See on õige、Asi pole selles, et seal on ilus maastik、Oli küll。Isegi kui sa lihtsalt vaatad, ei saa sa tegelikult millestki aru。`` Mida sa peaksid nägema, oled sa ise.、Mul on see maastik minu sees.''。Ise öelda ja siis unustada...selline inimene ma olen.。

風景

公園からーEvergreen (水彩)

風景ー美しい自然環境や人間と自然の織りなす風土歴史的環境などを描くものそんな風に多くの人は思っているし私も長くそんな風に思ってきた

絵というのはどんなものを描いても自画像だという言い方があるもう少し私流に言いかえればどんなものを見てもそこにあるのは自分の投影だということ寂しい人にはどんなものも寂しく見え寂しいものしか見えてこない

美しい風景があるのではなく美しさを感じる心がそこにある、See tähendab vist。絵というものはきっとそうやってできているものだ

銀座

 

銀座のショーウィンドウから

ここ3週間ばかり頻繁に銀座へ行く。Isiknäitus、rühmanäitus。往復の移動時間がバカにならないので一度に3つか4つ位は廻らないと仕事でもないのに毎日銀座通いになってしまう

銀座での展覧会は多少義理絡みでないこともないが無駄ではないそれなりに作品を見たいと思わせてくれる作家にしか義理を感じないという鈍感さも持ち合わせているせいか何がしかこちらに刺激というお土産を持たせてくれる東京といえどなかなかそうしたレベルは保てないが銀座ではそれが「普通」その意味では銀座は効率がいいと言える

銀座といえば「虚飾」のイメージがずっと以前は私にもあった。Aga、新宿などにくらべれば銀座はずっと「素顔」で「素直」な街だと最近は思う少なくとも個展をやっている画家たちの殆どは想像されるより皆ずっとずっと「素顔」で「素直」だ。Pigem、そうでなければ長くは続かない

Aga、画家とかいう連中はみな少しネジが緩むかずれていてしかもそれを自覚できない人が殆どなのでそういったことが解るまではどこか別次元の世界のように感じる人もいるかも知れない確かに街全体が少しばかりネジがずれた街かも知れない、aga、そのズレこそ新しい世界への隙間なのに違いない