

昨夜、みぞれから雪になった。夜には上がったらしく、1~2センチだけ積もったが、気温が―2度だったので、朝には凍っていた。
「描き初め」をした。若い時は100号くらいでスタートしたものだったが、今は4号でスタートだ。自分は今何をやっているんだろう、と目が覚めると身体が熱くなり、眠れなくなった。
今年は新しいことを一つは身につけなくちゃいけない。願望ではなく、ほぼ義務に近い。サボり癖のある自分自身を騙して、行かなくちゃいけない。


昨夜、みぞれから雪になった。夜には上がったらしく、1~2センチだけ積もったが、気温が―2度だったので、朝には凍っていた。
「描き初め」をした。若い時は100号くらいでスタートしたものだったが、今は4号でスタートだ。自分は今何をやっているんだろう、と目が覚めると身体が熱くなり、眠れなくなった。
今年は新しいことを一つは身につけなくちゃいけない。願望ではなく、ほぼ義務に近い。サボり癖のある自分自身を騙して、行かなくちゃいけない。


明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
reċentement、気が向けばぶらぶらと、近くの田んぼ道などをひと回りしてくることがある。元日の朝はどうだろうと、行ってみたら、ぽつぽつとウォーキングの人たちがいる。顔も名前も知らないが、何人かは身体が傾いていたり、歩き方に特徴があったりで、あの人だなと分かることもある。ひとり、そばに軽トラを停めて農作業をしている人もいた。世間の慣習に流されない、マイペースの人なんだな、きっと。
散歩の時間は「考える時間」。考えが堂々巡りすることが多いけれど、堂々巡りしているうちに、ポロっと木の実が落ちるように、上からアイデアが降ってくることがある。
今はそんなのを悠長に待っている時代じゃない。AIに「アイデアを呉れ」と要求する時代だ、という。考えるより先に結果を求めるということか。AIの進化は、たぶんもう誰にも止められない。人間はどんどん不要な存在になっていきそうだ。明るいのか、暗いのか、微妙な雲が前方にかかっている。

いよいよ2025年最後の一日だ。ふと思いついて、今日一日にやるべきことを後回しにして描いてみた。完成形ではないが、叩き台として目に見える形になった。
2025年も戦争の年だった。どこかの誰かが「自分なら24時間で戦争を終わらせる」などと叫んでいたが、世間の誰もそんなことなど信じなかった。誰も信じないことがわかっているから、安心して大ぼらを吹いて見せたのだろう。probabbilment、ただ目立ちたかっただけのことだ。
戦争はくだらない。Iżda、そのことに世界を揺るがすほどのエネルギーを費やす。それだけのお金と人間の命(!)をかけたら、どんな素晴らしいことができるかと誰もが思ってはみるが、その損得計算ができるのは子どもだけらしい。
大晦日、物流倉庫など次から次へと搬入車両が続いているかと思ったら、以外に静かで驚いた。今日はほとんどのところで仕事はしていないから、日曜日より静かな朝だった。madankollu、昨日までに終われなかったのだろう、田んぼを耕していたトラクターの傍に鴉が一羽。
大晦日鴉一羽の黒光り