「Air port 」のためのエスキース

          「Air port」 のためのエスキース

勝手をよく知っているものには多少のトラブルがあっても動じず冷静に対処できるもの未体験であっても知識として知っているだけでもパニックにならずに済むというのは誰でも普通に経験していることだろう

未体験のものにぶつかったときそれがマイナスイメージになるかプラスイメージを感じるかどうかは人間的にも興味を引く問題で多くの場合「アンケート」というかたちでわたしたちは無料で個人情報を差し出している(笑)人間以外の動物では多くはそのどちらにもならず「後退する」方が多いらしい「後退」というのは本能的に「危険を避ける行動」で保険も病院もない野生動物の世界で「安全第一」が最優先なのは当然過ぎるほど当然のこと。biss、それは「好奇心が無い」という意味ではないようだ

動物を飼ったことがある人なら分かると思うけれど動物は人間同様に(あるいは人間以上に)好奇心に満ちている危険を感じさせるかたち匂いなどがない限り初見参モノにちょっかいを出す距離感はやっぱり人間とそれほど変わらないように思える
 ただ基準が「食えるかどうか」だけのような爬虫類と(爬虫類ファンにはそれがまた別の観点でもあるのは理解できるが)オウムやカラスのような(人間と共通できる)知的な遊び心のある動物とではそれぞれの好奇心への対応の仕方が異次元である

話が跳び過ぎてしまったが「未体験」とか「異次元」とかを日常の中で味わうには「旅」が一番だ(根拠もない自説だが)「未体験」を味わうならまずは「Netflix」ではなくどこでもいいけど具体的な「行先のある」現物のチケットを手に持つことだろうか
 話を絵に戻すと「空港」はグッドラックも「搭乗拒否」もウェルカムも「入国拒否」も「国外退去」もある希望と緊張に包まれた空間だモデルさんはロシア人ウクライナ戦争の直接の関係者ではないけれど日本にいても複雑な心情が入り混じっているに違いないウクライナ戦争って日本からは遠いようだけどそこと繋がっている人がわたしの眼の前にもいるそんな表現ができたらいいな、naħseb。

欲望破壊平和(賞)

       「欲望・破壊・平和」  ペン

2月28日のアメリカ・イスラエルによるイラン戦争が開始されてから間もなく2週間になるアメリカ・イスラエル軍の圧倒的武力の前にイラン革命防衛隊およびイラン軍はほぼ壊滅状態だと報じられている

攻撃の表向きの理由はイラン政府が民衆を弾圧多くの市民を死傷させているのが「人道上」許せないという「正義の番人」の役目もう一つあとから出てきたのはイランが核兵器完成直前であと1週間も待てば「核保有国」になるという非常事態への対応として

「正義の番人」はかっこよすぎるだろうウクライナ戦争では悪の応援団長なんだし民間人をロシアがいくら攻撃しようともなぜか眠ったままの「正義感」をお持ちだ核兵器云々は後付けのガセネタに決まっている
 「大量殺戮兵器」を隠しているという理由でイラクを攻撃したイラク戦争を思い出すいくら捜索しても「大量殺戮兵器」なるものは発見できなかったが「民衆を弾圧した」という理由で当時のフセイン大統領を裁判にかけけっきょく死刑にした犯罪理由のすり替えというとんでもない手法そんなやり方でアメリカはノーベル平和賞を受賞したオバマの時代でさえ「好き勝手」をしてきた。Bil-mod、当時でさえ歴代アメリカ大統領で最も数多くアメリカ軍を出動させたのはオバマだと言われていた

確かにイランの女性にとってトランプは一時的には救世主のように見えるかもしれないでも本当に(本当なわけないが)イラン国民に共感するのなら戦争というかたちを取らなくても他に正義を発揮する方法はあるはずだトランプ得意のディールの種が尽きたということか娘婿のクシュナーに洗脳されプーチンにたぶらかされネタニヤフにそそのかされたうえカネのニオイにつられて自信満々戦争の泥沼に足を踏み入れたがどうやってそこから抜け出るつもりなのか
 国連の上に作ろうとしている「平和協議会」なるものがただの欲望組合にしかなり得ないことがこれだけで十分すぎるほどわかる

桜は難しい素材

      「Sakura習作」 水彩

早いところではぼちぼち「寒ざくら」ではない普通の桜も咲き始めているらしい当地は桜の名所として毎年NHKなどで紹介されるが今のところは梅が早春を謳歌している最中桜の出番はもう2週間くらい後になるだろうか

桜を「間接的に」描いてみた正面からではなく「側面」から「桜」は西洋画スタイルの絵画制作者にとってはかなりハードルの高い題材だ、naħseb。描いてみると解るが画面全体にぼーっとしたピンクの綿飴が散らばっているようにしか描きようがないから

日本画家にとっての「桜」は必修科目であり見方表現法から評価・鑑賞の仕方まで徹底的に考え抜かれ制度化されて日本人の心や記憶の中に深く染み込んでいる描く側にも見る側にもしっかりとチャンネルが設定されているからまるで子どもが「名作絵本」を母親に読んでもらうかのような安心感があるそうした土壌の上にすっくと育ちのいい「名作」は存在しやすい。Iżda、「洋画」には素材的にも断絶があり従ってわたしの知る限り洋画においては誰でもが知っているような桜の名作と言えるものがなさそうなのはそれが理由だと思う。。

Allura、縷々弁解がましいことを述べたうえで桜を間接的に表現することにしたどこかのロビーに腰かけている数人の人々その背後の庭か公園に桜が満開というイメージガラス一枚隔てただけの空間だが直接には手の届かない空間でもある
 この中で案外手間ひまがかかるのが「椅子」備え付けの同じ椅子でなくてはならないし同じ角度だけでは平板になってしまうベタッとした長椅子なら手間は省けるが視覚的に面白くないなど結果として椅子の下描きにかなりの時間を費やした主題である桜は数分サッサッと済ました