椿を描く

椿を描く
       「髪を切りました」  水彩

温かかったり急に寒くなったりまさに「三寒四温」そのものだがそれに翻弄されるようになってきたのかここ一週間ほど風邪気味?でウォーキングも休みがち。Ez azért van így?、かえって腰の具合は良くなった運動(不足の意識過剰だった?)のやり過ぎだったんだろうかとも考えた

どこも椿が満開だ巷では桜の満開が話題の中心のようだが椿もかなり早い時期からいろんな種類の椿がリレーのように次々と咲き繋いで目を楽しませてくれる桜も満開より少し前の今の時期の桜の方が風情があるとわたしは感じる「桜雨」という美しい言葉もあるピッタリの情景に出くわすと思わず体が震える

ときどきスケッチをしていた関宿城近くの大きな辛夷(コブシ)の木は数年前にまるで恐竜の骨のようになって枯れたその姿にもなにか心を打たれた知らぬ間に白木蓮も終わりに近づいている絢爛豪華な満開の梅や桜の美も認めるがひっそりとした静かな美に心惹かれる

virágot várni

              「花祭り」のためのエスキース  ペン色鉛筆
地域に住んでいる?外国人たちがコスプレを楽しんでいた

今朝は温かい朝を迎えた生温かいと言った方が実感先日近くの公園へ行ってみたら早咲きの桜はたくさん咲いていて「本家」のソメイヨシノもうっすらとピンクを帯びていたもう開花間近だ

皿洗いなどすると「水温む」という俳句の春の季語を実感する「卒業(式)」も「入学(式)」も春の季語だ同じく「新(入)社員」も春の季語人生の節目になるかもしれない時期を迎えた人も多いだろうこんなのんびりした気分で出て行ける世の中になって欲しいと願う

A cseresznyevirág nehéz anyag

      「Sakura習作」 水彩

早いところではぼちぼち「寒ざくら」ではない普通の桜も咲き始めているらしい当地は桜の名所として毎年NHKなどで紹介されるが今のところは梅が早春を謳歌している最中桜の出番はもう2週間くらい後になるだろうか

桜を「間接的に」描いてみた正面からではなく「側面」から「桜」は西洋画スタイルの絵画制作者にとってはかなりハードルの高い題材だ、azt hiszem。描いてみると解るが画面全体にぼーっとしたピンクの綿飴が散らばっているようにしか描きようがないから

日本画家にとっての「桜」は必修科目であり見方表現法から評価・鑑賞の仕方まで徹底的に考え抜かれ制度化されて日本人の心や記憶の中に深く染み込んでいる描く側にも見る側にもしっかりとチャンネルが設定されているからまるで子どもが「名作絵本」を母親に読んでもらうかのような安心感があるそうした土壌の上にすっくと育ちのいい「名作」は存在しやすい。de、「洋画」には素材的にも断絶があり従ってわたしの知る限り洋画においては誰でもが知っているような桜の名作と言えるものがなさそうなのはそれが理由だと思う。。

azért、縷々弁解がましいことを述べたうえで桜を間接的に表現することにしたどこかのロビーに腰かけている数人の人々その背後の庭か公園に桜が満開というイメージガラス一枚隔てただけの空間だが直接には手の届かない空間でもある
 この中で案外手間ひまがかかるのが「椅子」備え付けの同じ椅子でなくてはならないし同じ角度だけでは平板になってしまうベタッとした長椅子なら手間は省けるが視覚的に面白くないなど結果として椅子の下描きにかなりの時間を費やした主題である桜は数分サッサッと済ました